小説 川崎サイト

 

身近なもの

川崎ゆきお


 岡倉は最近身近なものが気になりだした。働き盛りの脂の乗った頃をかなり過ぎたあたりだ。
 若い頃は身近なものは見えなかった。もっと遠くを見ていたのだろう。身近なものとして、自分の町内や街がある。いつも自転車で行っているような距離なら身近だろう。だが、どうしてもそれを狭い地域だと考えてしまう。それで都会風なものばかりを見ていた。当然そちらの方が世界は広い。仕事や職種も多い。
 岡倉は今は個人事務所で、何でも屋さんのようなことをしている。ある業界に長くいたので、人脈が多くいるため、それなりに仕事が入ってくる。ただ、年々仕事量が減りだし、収入も減った。それよりも、その場限りのやっつけ仕事、助っ人仕事に飽きてきたのだ。
「地域に目覚めたわけですかな」
「そういう目線ではありませんが、身近なことが気になりだして」
 岡倉の先輩で、長老格の黒田との雑談だ。
「地域社会という捉え方は、大きな世界があることを前提としているでしょ」
「まあ、都会と田舎のようなものでしょうかな」
「はい、ローカルな世界のように思われがちですねえ。実際、僕もそう思っていました」
「まあ、何処にいてもローカルですよ」
「ああ、それは少しは感じています」
「そうでしょ。大きな世界なんて、実際にはないのですから」
「あ、はい」
「それで、次は何をするつもりですかな。まさか町起こしのような臭いことを君がやるんじゃないでしょうなあ」
「臭いですか」
「まあ、やってる連中には臭いませんが、部外者から見るとクサイクサイ」
「町起しをやるつもりはありません。そんな器ではありませんし、もう誰かがやっているでしょう」
「では、何をするつもりですかな」
「それは、まだ考えていないのですが、身近なものに目を向ける気になったもので」
「まあ、近すぎるのも何でしょうなあ」
「な、何でしょうとは、何でしょう?」
「近ければ近いほど色々と縄張りがあるんです。地元だけに根を張り合っていますからなあ」
「はあ」
「だから、私のところに来たのでしょ」
「いえ」
「まあ、私のところに挨拶に来られたのなら、それで十分でしょう」
「あのう」
「何かね」
「まだ、何をやるか、言ってないのですが」
「アイデアはあるのでしょ」
「漠然と」
「まあ、具体的に決まれば、また来なさい」
「はい、そのときはよろしく」
 その後、岡倉は身近なものをキーワードに、いろいろと考えたのだが、これというのが見つからなかった。
 根回しが早すぎたようだ。

   了



2013年10月11日

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