小説 川崎サイト

 

くわい

川崎ゆきお


「毎年毎年、ある季節になると同じことを言ってますなあ」
「そうですか」
「しかし、一年経てば久しぶりなので、いいのかもしれんなあ。毎日毎日同じことを言ってる場合もあるけど、季節の話は流石に間隔が開く。忘れた頃に言うので、いいんだろうねえ」
「年にひとつだけ、親からよく言われることがあります」
「ひとつだけかい、それは少ない」
「いつも嫌な思いで聞いています」
「ほう、何かね、それは」
「正月です」
「ああ、正月は大きな変わり目だからねえ。行事も多い」
「実はおせち料理なのですが」
「うんうん」
「芽が出るように、これを食べなさいといつも言われます」
「ああ、あるねえ、あれは何かね。まあ、おせちは縁起物が多いからねえ。豆はまめに働くとかね」
「芽が駄目なんです。芽が」
「あの丸い芋のようなやつでしょ。芽のようなのが飛び出てる」
「それです、それ。おせちでしか食べたことはありません」
「名前が出てこない。何て言ったかねえ。私も年に一度しか食べないから、覚えてないよ」
「いつも家の世話になってます。だから、早く芽を出して一人前になれって。それがもう何年も続いているので、さすがに辛くて辛くて」
「その芽が出る食べ物、毎年食べても効果がなかったわけだ」
「いえいえ、そんな効果は、ないとは思いますが、心構えでしょうか」
「うんうん」
「毎年毎年、芽が出ないので、毎年毎年苦く感じます」
「それは一年に一度言われるだけですかな」
「そうです」
「じゃ、うるさい親じゃない。年に一度の説教なら」
「いえ、説教と言うほどのことじゃないのです。ただ、おせちを食べるとき、そのひと言が必ずあります。芽が出るから食べなさいって」
「それ以上厳しく言わないわけですな」
「はい、それだけに去年も芽が出なかったので、辛くて辛くて」
「今年はどうかね。もう残り少ないが」
「駄目なようです。だから元旦に、きっと言われます」
「普段は言わないで、そのときだけ言う。しかも控えめに」
「それだけに、辛いです」
「それでも食べるわけかね」
「はい、苦いけど食べます」
「まあ、今年もまだ分かりませんよ。芽が出るかかもしれませんぞ」
「そうですねえ」
 
   了




2013年10月15日

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