小説 川崎サイト

 

シキガミ

川崎ゆきお


 妖怪博士の家に老人が訪ねて来た。老人は何処で妖怪博士のことを知ったのだろう。誰かに聞いたのかもしれない。
 老人の風貌は妖怪に似ていた。少し濃い顔で、ちょっと間の抜けた目玉をしている。まん丸で愛嬌がある。このワンポイントが特出しているため、妖怪ぽく見えるのだろう。
「北の方は何でしょう?」
「キタノカタ?」
「北のお方様です」
「ああ、人物ですかな」
「そうです。北の方は神様のようなものかもしれません」
 流石に妖怪博士でも、それだけでは要領を得ない。北の方とは奥さんのことで、所謂カミサンだ。
「で、どんな神様なのですかな」
「北側の部屋にいます」
「はい」
「私は一人暮らしの老人でして、古い家に独りで住んでおります。夏場はすべての部屋を開け放しています。ガラス戸や障子や襖を開けております。取り外せるのですがね。そこまでするとしんどいので、開けているだけです」
 話が長くなりそうだ。
「私は一番南の庭に面した部屋にいつも居ます。夏場は暑いですが、庭があり、樹木もありますし、縁側があるので、その部屋が好きなのです」
 妖怪博士は聞いているほかない。
「ところが秋も深まると肌寒くなってきます。もう北の部屋の窓からの風は必要ありません。北風が入るわけですからね。それで、窓も閉め、北の部屋も閉めます」
「その北の部屋に北の方が出るのですかな」
「初夏まで開かずの間です」
 妖怪博士は何となく分かってきた。部屋に住み着いた何かなのだろう。
「その開かずの間に何かが居ます。それを私は北の方と呼んでいます」
 きっとそれは北の部屋の窓から隙間風でも入り込み、人がいるような物音でも立てるのだろう……と妖怪博士は先に答えを出した。
「北の方は、神様かもしれません。妖怪かもしれません。どうなんでしょうか。それをちょいと聞きたかったもので、お邪魔してしまいました」
「してしまいましたか。はいはい」
「どうなんでしょう」
「何か困った問題でも」
「ありません」
「物音がうるさいとかは?」
「ありません。私の部屋からは聞こえません。北の部屋の前まで寄らなければ」
「窓は?」
「閉めています」
「雨戸は?」
「壊れているので、閉めていません。窓ガラスは透明なので、カーテンを閉めています」
「アルミサッシですかな」
「いえ、昔の木枠です」
「カーテンの前に何かありませんか」
「何もありません」
 要するに隙間風でカーテンが揺れ、擦れて衣擦れのような音がするのかもしれない。
「それで、今日はどのような用件で来られましたかな」
「先ほども言いましたが、北の方が神なのか妖怪なのか、それとも幽霊なのか。それを知りたくて」
「強いていえば、風の神様でしょう」
「風の」
 妖怪博士は隙間風のことを言っているのだが、通じないようだ。
「部屋を閉め切ってしまうことで、何かが住み着いたのではありませんか」
 老人は開かずの間の怪に持って行きたいようだ。
「開かずの間に出る妖怪は『開かず魔』や『あかま』ですが、それには長い年月閉め切る必要があります。あなたの北の部屋は年に何度か開け閉めしているわけでしょ。だから、該当しませんなあ」
「では妖怪ではなく、神様ですか」
「家におわす神様は多いです。その北の部屋は、どんな部屋ですか」
「和室で、今は居間ですが、その前は娘達の子供部屋でした」
 妖怪博士は当てはまる日本の神々を探した。便所や台所など特定の場所にいる神様ではなく、家の中でうろうろする神様はいるが、北の座敷の部屋に特化した神様となると風水系から調べる必要があるが、面倒なので適当に答えることにした。
「それはシキガミです」
「式神?」
「季節の四季と神で、四季神です」
「ああ、季節ものでしたか」
「だから、あなたのおっしゃるように、北風の吹く頃に現れる北から来た神様じゃな。よって北のお方様で、よろしいかと」
「よろしいのですか」
「気にされる必要はありません」
「何か、お供えは」
「必要ないでしょう」妖怪博士はお供えよりもお礼を期待したいところだ。
「分かりました。やはり神様だったか。妖怪じゃなくてよかった。それを聞きたかったのです」
「はいはい、神様です」
 老人はそれを聞き、喜んで帰って行った。
 お礼の封筒はなかったようだ。
 
   了




2013年10月23日

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