小説 川崎サイト

 

天気占い

川崎ゆきお


 急に強い風が吹き、黒い雲が増えている。動いているように見える。雨が降り出すのだろうか。
 老婆が空を見ている。じっと見ている。場所は見晴らしのいい高台。下は住宅地が続いている。上は公園だ。崖と公園の隙間の小道は散歩コースとして人気がある。
「何を見ているのですか」散歩人が老婆に声をかける。
 老婆は耳が遠いのか、それとも空に注目し、問いかけ声など上の空なのかもしれない。
「ああ」
 やっと気付いたようだ。
「雨が降りそうですねえ。黒い雲が来てますよ」散歩人が老婆が気にしているだろうと思うことを先に言う。
「そうですなあ。雨が降るかもしれませんなあ」
 散歩人はそこで会話というより挨拶を終え、歩き出そうとしたが、老婆はずっと上空を見ている。それで少し気になった。
「何か見えますか」
「運勢がな」
「はあ」
 散歩人にとっては予想外の返事だった。
「このような黒雲が沸くのは二週間ぶりじゃな。その日は雨になったが、今回はどうかのう」
「天気予報ですか」
「天を読んでおる」
「はあ」
「こういう日は身も心も不安定。思わぬことをしでかすもの。ご用心を」
「あ、はい」
 それだけ言うと、老婆は歩き出した。散歩人とは逆方向へ。
「あのう」
 老婆の背中に声をかけるが、反応がない。
「あのう、もしもし」
 少し声量を上げたので、老婆は振り返った。
「占い師ですか?」
「まあ、そんなものじゃ」
「天気占いのようなものですか」
「それを天気予報と言いますがな」
「そうなんですが、雲を見ての占いがあるのかなあと思いまして」
「雲はのう。近いのじゃよ。人に」
「はい」
「星よりも近い」
「そうですねえ」
「お日様よりも近い」
「はい」
「お月様よりも近い」
「はい」
「人に近い。それだけに人への影響も強い」
「それをどうやって占うのですか」
「私は人を見て占う。だから、空は直接関係はない」
「人って、つまり人相や手相ですか」
「そんなものは何でもいい」
「あ、はい」
「ただ、空模様が参考になる。空を参考に、その人の気運を言ってやるのよ」
「間接的ですねえ」
「今の空模様と、その人とは関係はない。ただ、心に起こりやすい気運が乗り移る」
「はい」
「だから、毎朝空を見て、参考にする。まあ、日課じゃ」
「そうなんですか、よく見かけるので、声をかけてみました」
 老婆は軽くお辞儀をし、立ち去った。
 散歩人は好奇心に駆られ、そっと後を付けた。
 すると、高層マンションに入っていった。
 散歩人は不審がった。あの老婆は何階に住んでいるのかは分からないが、上の階まで行けば、この町で一番の見晴らしになる。空を見るのなら、高台の小道へ行く必要はないはず。
 その後、散歩人は色々と調べたが、この町で占いを営んでいる人も場所もなかった。
 散歩人はその翌朝、あの場所まで行くと、老婆がいる。そして空を見ている。
 今度は声をかけなかった。
 
   了



2013年10月27日

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