小説 川崎サイト

 

独創力の秘密

川崎ゆきお


「子供の頃、何をしていましたか?」
「はあ」
「子供の頃、何に熱中していましたか?」
「えっ」
「子供の頃、何が楽しかったですか」
 先輩の問いかけだが、高田はその意味をまず考えた。どういう意味で、そんなことを言い出したのかだ。場所は喫茶店のような飲み屋。静かな場所だ。横文字職業の人が多く来るらしい。
「どの時代でしょう。子供の頃とは」
「まあ、中学へ上がるまででしょうか」
 高田がこの洋風飲み屋に誘われたのは、何らかのコミュニケーションだと思っている。先輩は何か言いたいのだろう。きっと高田の仕事ぶりについての何かだ。それと子供時代がどう結びつくのかを、思い巡らせているのだが、出てこない。だから、普通の懐かしい時代の思いで話になる可能性もある。しかし、そういった雑談をこの先輩とはあまりしないのだ。
「特にありません」
「ない」
「あ、楽しかったような気もしますが」
「そうでしょ。中学へ上がってからよりも、小学生時代は楽しかったでしょ。さて、何が楽しかったかですよ」
「ああ」
 高田は思い出せない。
「クリエーターの原点は子供時代ですよ。そこで熱中したことが、将来を形作っています。ただ、それは大人になると、廃れますがね。色々と知恵が付いてきて、別のことをやり出す。しかし、原点は子供時代にやっていたことです。さて、何でしょう。高田君の場合は」
「はあ」
「一度聞いてみたいと思っていたのです」
「ああ、クリスマスケーキがいつもより大きかったのが楽しかったです」
「そういうのじゃなく、何か能動的にやっていたことです。趣味は何でした」
「しゅ、趣味ですか。そんな小学生だったのですよ。その頃の趣味は何かと、考えたこともありません」
「じゃ、何をして遊んでいました。特に楽しかったことで」
「おもちゃを買ったり、模型を作ってました。でも、それは誰でもやっていることです」
「プラモデルですか」
「はい」
「完成したあと、色を塗ったりしましたか」
「いえ、なかなか完成には至りませんでした。スーパーカーを作ったのですが、モーターと歯車がうまく噛み合わなくて、結局モーターの振動で、ビビビビと動いただけです。タイヤは回っていません」
「じゃ、模型作りは駄目だったのですね」
「いえ、駄目でしたが、好きでした」
「他には」
「近くに田圃がありまして、小川があって、そこで蛙とかを捕まえたりしました」
「蛙ですか」
「すぐに見つかるので。あぜ道を歩いていると、飛び出すし。だから捕まえやすかったのです」
「昆虫採集のようなものは」
「蜂を捕まえて、マッチ箱に入れて飼ってました」
「ほう、それは独創性がありますねえ」
「学校で流行っていたのです。教室に持って行って、見せ合うのです」
「それは誰が言い出したのですか」
「さあ、分かりません。僕ではありません」
「それは楽しかったですか」
「はい、流行っている間は熱心にやってました。みんながやめてからは、もう楽しくなくなりました」
「特に何か、熱心にやり続けていたことはないのですか」
「はい」
「想像力の原点は子供時代にあるのです」
「そうなんですか」
「子供時代のその世界を持ち続ける。あるいはそれを復活させる」
「あ、はい」
 残念ながら高田には当てはまらないようだ。
「高田君」
「はい」
「君は器用に仕事をする。それに早い。また小綺麗だ」
「はい」
「しかし、独創性、オリジナリティーがない」
「あ、はい」
「何とかしないとね」
 子供時代の話が、ここに繋がるわけだ。高田は、それをもっと早く関知し、子供時代に熱中していたことを用意すべきだった。
 高田は挽回するため、熱中していたことを思い出そうとしたが、やはり出てこない。家でも学校でもそこにいるだけで一杯一杯の子供だったのだ。
 ただ言えることは、場に馴染み、無事にそこで過ごせることに最大限の努力を果たしてきた。
 流石にこれは言えない。
 そして、今も高田は自分の保身だけを考えて行動している。今日は失敗したようだ。帰ってから一人で反省会をするつもりだ。
 
   了



2013年10月29日

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