小説 川崎サイト

 

怠い話

川崎ゆきお


「不思議な話じゃないのですがね、しかし、私にとっては不思議なことが起きました。と言っても緊急を要するような出来事ではありません。だから、ただの気のせいだと思うので、長く話さなかったのです。そして、きっとそう思うから、そうなんだろうと、結論を出しています」
「どんな事象でしょうか」
「いや、それはあなたが最近おかしなことはありませんか、異変はありませんかと聞かれたので、言ってみようかと思っただけで、口に出すほどのことではないかもしれません」
「意外と、そこに大事なポイントがあるかもしれない。是非聞かせて欲しい」
「これは老人の暇話なので、そのおつもりで」
「はい、続けてください」
「私は昼御飯を食べた後、散歩に出ます。昼御飯はたっぷり食べます。朝は比較的軽いのです。なぜだか分かりますか」
「いいえ」
「朝食と昼食との間隔が短いからです。夕食に比べてね」
「食事の話ですか」
「いいえ、昼食後の散歩の話です」
「はい、では早くその散歩の様子を聞かせてください」
「散歩と言っても、歩くわけではありません。自転車で出掛けます。この自転車はよくあるママチャリでしてね、車体は重いのですが、丈夫です。前にも後ろにもカゴを付けることが出来ます。折りたたみ傘なんかをその中に入れたり、雑巾も入れています。カゴにカバーを付けているので、外からは見えません。雑巾はシート拭きです。雨で濡れているときなど、拭きます。その雑巾そのものを濡らしちゃあ駄目なので、カバーの中に入れています。この自転車をサンダーバード三号と呼んでいます」
「自転車の話ですか」
「いえ、自転車で走っているときの話です」
「じゃ、早く走らせて」
「はい、すぐ走らせます。それで、走る場所は、まちまちで、結構遠くまで行きます。と言っても市内からは出ませんがね。帰りが大変なので。それで、出来るだけ知らない町内に入り込みます」
「はい、続けて」
「ただね、ここまでは市内で、ここからは市外というような境界線がはっきりしていなのでね、たまには市外に出てしまっていることもあるのです。だから、いつも市内だけを走っているわけじゃない。境界線が曖昧なんだ」
「急いでください」
「二つの市を分けている、その分け方が腑に落ちないこともあります。ああ、そういう話じゃなかったですねえ。急ぎます」
「はい」
「先日、久しぶりに、初めての町を見つけましてね。まあ、その近くをかすったことは何度かあるのですが、いつも通過してしまっていたようです。その町というか町内、この場合、町名で言えば、何々町一丁目一番地の丁目規模です。これが四丁目まであるとすれば、その町の全てを見ていないことが多いのですよ。いつもは一丁目だけを通過して、二丁目、三丁目は知らなかったりします。まあ、見えていますがね、似たような風景なので、省略してもよいのです」
「どんなお話です。あなたが語りたいことは」
「はい、本題はここからです」
「はい」
「いるのですよ。同じ人が」
「あなたと同じ人がですか」
「私だけではありません」
「え」
「喫茶店でたまに見かける眼鏡に禿げ頭で薄着の常連さんが歩いている」
「じゃ、ここに住んでいる人なんでしょ」
「違います。離れすぎています」
「ほう」
「しかし、同じ人ではありません。似ているだけで」
「はい、続けてください」
「散髪屋の大将が表に出ています。しかし、そこはクリーニング屋の店先です。散髪屋の大将がいつの間にかクリーニング屋の大将になっている。よく見ると、この人も似ているだけです」
「はい」
「さらに進むと、足の短い犬を連れて歩いている婦人がいる。この人も、私の近所でよく見かける奥さんだ。犬もそっくりだ。しかし、少しだけ違う」
「そういう話ですか」
「うちの近所の人が、この町内にもいる。そして、その町やその周辺も、私の町と似ている。そっくりじゃありませんよ。多少は違いますよ。しかし似たような時期に住宅地になったのでしょうねえ」
「それだけの話ですか」
「子供の頃、地球とそっくりな星があって、そこへ行くと、同じ町があって、住んでいる人も同じだというSF小説を読んだことがあります。あれに似てました」
「それで、全てですか」
「はい、それで私ところの近所と似たようなメンバーがいる町だなあと思いながら通過しました」
「何か出来事は」
「ああ、通過しただけです」
「はい、もう結構です」
「参考になりましたか」
「どうでもいい話の中にも、何か光るものがある。それを期待していたが、違っていた」
「そうだろうと思って、話したくなかったのですよ」
「確かに」
 
   了
 


2013年11月1日

小説 川崎サイト