小説 川崎サイト

 

カイロ外交

川崎ゆきお


「寒くなってきましたなあ」
「秋を通り越して冬ですよ」
「暑い暑いと言っていたのは昔のことだなあ」
「昔ですか。それは古すぎる」
「いやいや、昨日のことは全部昔々ですよ」
 日差しの強い夏場は木陰に集まっていた人たちだが、今は日の差すベンチに移っている。誰が決めたわけではなく、最初に来た人が座る場所が本陣になる。ベンチは一つ。三人座れば窮屈なので、席のない人は携帯椅子を持ち込んだり、地べたにしゃがみ込む。それを見込んで小さな尻敷き持参している。偶然そこで出合って話しているのではなく、確信犯だ。ただ犯罪ではないが。
 人数的には二三人で、四人五人と一度に集まることは希だ。それぞれ家を出る時間が違う。各家庭での朝食時間が違うためだ。
 今朝は三人で、一人は地べたにコンクリート片を置き、そこに座っている。これはベンチの下に配置された補助席のようなもの。その上に小さなクッションを乗せている。バランスが悪いので、腹に力を入れて声を出すと、シーソーのように揺れることもある。それらは承知のことで、慣れたものだ。
「ここまで来るのに、この前まで日陰を選んでいたのだが、今は日差しのあるところを選んで歩いているねえ」
「私もそうですよ。厚着で出たつもりでもまだ寒い。これ以上着込んでも同じことなのでね」
「そろそろカイロが必要ですなあ」
「まだ特価品が売っていないんですよ。この前まで夏だったんだから」
「去年買ったのが、まだ残ってますよ。今度お分けします」
「ああ、ありがとう」
「ところで、こういう場は他でもあるのでしょうかな」
「あります。他の町内まで散歩に出たとき、見かけましたよ」
「どうでした」
「見知らぬ年寄りが集まっていましたよ。まあ、私らと似たようなものですがね。しかし馴染みのない顔ばかりなので、目も合わさず通り過ぎましたよ」
「何処です」
「田村です」
「田村か。あそこは古いからなあ、町が。こっちより人数が多いでしょ」
「さあ、どうなんでしょう。ここも朝組、昼組、夕組でしょ。向こうへ行ったのは昼時だったから、昼組の連中でしょうねえ。五人ほどいましたよ」
「ほう」
「ゴミの日に出たような椅子やソファーなんかがあるんですよ」
「地所は」
「あそこは私有地ですよ。だから、文句は出ないのでしょ。地主も参加しているはずですよ。そうでないと、人の土地にゴミを出しているようなものですからねえ」
「その場所、石地蔵がありましたねえ」
「漬け物石に前掛けを付けているだけですよ。あれは由緒あるものかどうかは分からない。まあ、昔から住んでいたわけじゃないから、よく知りませんがね。以前はなかったですよ」
「差別化だなあ。差異化だ」
「え、何の」
「向こうのほうが、古いってね」
「昨日は、もう古い。昨日から向こうはみんな昔々で古いんだ」
「じゃ、こっちも適当な石を捜してきて、前掛けを付けましょうか」
「だめだめ、ここは公園だから」
「ああ、そうでしたなあ」
 そのとき、喋っていた老人が他の二人に目で合図した。
「え」
 と、一人が、周囲を見る。
 さっと立ち去る老人がいた。
「スパイですなあ」
「諜報部員ですか」
「田村の奴ですかな」
「おそらく」
「今日は三人か、少ないなあ」
「賑わっているように、案山子でも立てましょうか」
「公園だから、駄目ですよ」
「田村町が何か仕掛けてきたらどうします」
「何もせんでしょ。うちの爺ちゃんの時代なら、出入りがあったみたいだけどね」
「出入りって?」
「喧嘩だよ」
「戦争だ」
「まあ、この年ではお互い無理だろう」
「そうですなあ」
「しかし、朝組だけで、近いうちに挨拶に行きませんか」
「田村へですか」
「交流も必要でしょ」
「さすが、元外交官」
「外交官じゃありませんよ。海外に出たこともないし」
「どちらにしても、平和的話し合いに持って行きましょう」
 しかし、殴り合うような理由は何一つない。
「どうです。田村への土産に携帯カイロ、持って行くとかは」
「それはいい」
「じゃ明日、去年の残り、箱にいっぱいあるから、持ってきますよ」
「はい、お願いします」
 彼らは、昔の隠れ家ごっこや、砦ごっこを復活させたようだ。
 
   了



2013年11月4日

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