小説 川崎サイト

 

神社巡り

川崎ゆきお


 怪しい場所を求め、うろついている高橋は、これというネタがないときは寺社参りをしている。決してそれは信仰心からではなく、そういう場所が結構怪しいからだ。
 怪しい場所としての寺社がいいのは、神や仏がいるものとして成り立っているためだ。これは文句なく怪しい。そして安心して見てられる。
 しかし、寺社巡りをしても、怪しいものと遭遇することは希で、どの寺社も似たような形で、似たようなものなので、それ以上のものは飛び出さない。
 そこへ飛び出してきた老人がいた。高橋が境内の隅っこで物色しているときだ。怪しいものの餌漁り。神社の隅などに、訳の分からないものが遺跡のように残っていることがある。また、聞いたことのないものが祭られていたりする。
 そこに現れた老人は禿げ頭だが頭が長い。顔は標準だが、おでこが長いのだろう。七福神の中の一人のように。だから帽子を目深にかぶれない。
「ここは普通じゃろ」
 もう、この問いかけだけで、この長頭老人が言いたいことを高橋は悟った。神社が普通というのは、言わなくてもいいことだし、また、普通でない神社もあるという意味だ。
「普通とは?」
「よくある神社だろ。だから普通だ」
 その答えでは、高橋は満足出来ない。
「普通でない神社もあるのですか。何か妙なものを祭っているとか、神社そのものが祟られているとか」
「ここの神様は氏神様で、イザナギ、イザナミの二神を祭っておる。これは何でもいいんだ。天神さんでも八幡さんでもな。この地方の標準があってなあ。まあ、流行だろうねえ。隣村や領主との関係もあるし。まあ、ここは普通の村だったから、こんなものだろう」
「では、普通ではない神社とは」
「神社ではなく神主の器量じゃな」
「はあ」
「神社の雰囲気は神主で決まる。ここの氏神様には神主はおらん。村の誰かがやっておるんじゃろ。神主が住んでおるであろう建物もなかろう。よって、ここにはプロの神主、つまり神社で食っておるところの神主はおらん。だから、普通じゃ」
「では、神主が神社の雰囲気を決めているのですね」
「そうじゃ、経営の上手い神主のおる神社はそういう雰囲気になっておる。掃除も行き届き、修理もしっかりやっておるし、壊れれば新しいものに作り替えておる。まあ、今はサービス業のようなものなのでな」
「はい」
「ここらを見よ」
 高橋はゴミを燃やした跡や、崩れた石組みなどを積み重ねたままのものや、涸れた井戸がゴミ箱のようになっているのを見る。そういうのを見るのを楽しみにしているので、そのあたりは目敏い。
「この聖域を作っておるのは実は神主じゃ。その個性が出ておるのう。ここの神主はただの地元の人じゃ。氏子の中でも偉い人だろう。ここを綺麗にするには、みなで相談して、みなでやることになろう」
「だから、あまりこの神社には神主の影響がないと」
「ということじゃな。だから普通なんだよ」
「ところであなたは」
「私は神社参りをしておる年寄りだが、神様ではなく、神社そのものの雰囲気を見学しておる。神の違いではなく神主の違いを見に来ておる」
 さすがの高橋も、そういう視点で神社を見たことはない。神を見ないで神主を見るという発想はなかった。ただ、これは高橋だけがウケることで、一般の人なら、変な人に見られるだろう。
「御神体は神主なのじゃよ」
「それはいくら何でも言いすぎじゃないでしょうか」
「まあ、神主や巫女は神さんに近いところにおる。間を繋ぐような人かなのう。取次でもある。また、神意を伝えるメッセンジャーでもある。だから、神主と神さんがごっちゃになってもかまわんのじゃ」
 異論はあったが、高橋は黙っていた。怪しいものは見つからなかったが、怪しい人と遭遇したので、それで満足なのだ。
「先生はどうして神主さんにこだわるのでしょうか」
「先生かい」
「はい」
「私は先生ではないが、そう呼ばれると悪い気はせん」
「はい」
「この世は全て作り事。どう作っておるのかを見るのが楽しい。神社は神主の器量で作られておる。それが建物や境内にどう出ておるのかを見るのが楽しいのじゃよ」
 高橋は負けたと思った。そんな境地に立つには百年早そうだ。
「あなたもカラクリの本体をよく見なされ」
「あ、はい」
 老人はそのまま本殿の横へスーと消えていった。
 高橋をあとを追い、本殿を回り込んだが、老人の姿はない。
 こちらへ向かったはずなのに、いない。
 そして、周囲をよく見渡すと、人がいる。後ろ姿だ。あの長頭老人だ。
 歩み寄ろうとしたが、すぐに足を止めた。
 老人は呪文のよう声を発している。よく聞くと「トイレのある神社は高得点をあげるのに」と言っている。
  
   了


2013年11月20日

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