小説 川崎サイト

 

ダンサン

川崎ゆきお


 木下は友人宅を訪ねるのを趣味としていた。
 友人知人は打てば返ってくる双方向のコンテンツのようなもの。打てば響く音色が各人にあり、それを聞きに行くのだろう。
 木下に友人が多くいるのは、この訪問癖のおかげだ。頻繁に訪問するため、以前からの友人に欠けが少ない。さらに新たな知り合いが出来た場合、こまめに訪問している。木下に人望があるからではなく、マメなのだ。それだけのことだ。
 その日は竹中という原作者の友達を訪ねた。電話によると、調子が悪いらしい。この場合、真っ先に訪ねる。心配してのことではなく、調子の悪い人と接するのが好きなようだ。そのためかテンションが低く、あまり調子のよくない知り合いが多くいる。
 訪問回数が多いほど、親しくなれるのだろう。ただ、本当の友達、友人かというと、そうではない。互いに敷居が低くなる程度のことだ。
「どうしたの」
 建て付けの悪いガラス戸を開けるなり、木下が訊ねる。
「声がおかしかっただろ」竹中が説明し始める。
「ああ、電話での声かい」
「ガラガラだろ」
「そうでもないけど」
「風邪っぽいんだ」
 竹中が調子が悪いと言っているのは、そのことだろう。
「寝込むほどのことじゃないんだけどね、治ったと思ったら、またぶり返すんだなあ。それで何日かしんどい」
「本当に風邪なの」
「怖いことを言うなよ」
「ああ、ごめんごめん」
「医者に診てもらったんだけど、風邪なんだなあ。まあ、四五日で治るって。薬を飲まなくても、放っておいても治るって。それで最近薬をくれない」
「いい医者じゃないか」
「まあ、そうなんだけど」
「安静にしてないと駄目なんだろ」
「いや大丈夫、特に支障はないんだ。ただ、鼻水が出て頭が重いから知的生産が難しい」
「ち、知的生産かい」
「古本屋で知的生産の技術って本を買って、最近読んでいるんだけど、頭も体も重いと駄目だなあ」
「調子の悪いときの技術なんて本が出ればいいのにねえ」
「本屋で買いにくいよ」
「そうだね」
「赤面症を治す本も、買えないでしょ」
「そうだね」
「ところで木下君、君は大丈夫かい、体調」
「いつもどこかが悪いよ。完璧な日なんて、年に数日しかないかな」
「そうなんだ。安心した」
「無事そうな人でも、聞いてみると、色々と病んでるよ。体が大丈夫でも精神に来ている人もいるしね」
「ああ、神経も体だからねえ」
「仕事の方は大丈夫?」
 竹中は漫画やゲームの原作を書いている。
「仕事が切れてねえ。仕事があるときは風邪なんて引いてる暇もないから、健康なんだけど」
「じゃ、仕事の切れ間が危ないんだね」
「そう、切れ目がね。次の仕事があるんだろうかと思うと心配になってきてねえ。それで体調を崩すのかもしれない」
「なるほど。でも、ずっと仕事をやってるじゃないか。切れても次またあるんだろ」
「ああ、あるんだけど、それが長いときがある。その間がね」
「それはフリーランサーの宿命でしょ」
「ああ、そうだね。分かってるけど、先々が不安だよ」
「でも、羨ましいよ。漫画やゲームの原作者なんて、そんなにいないよ。なろうと思っても才能がないと駄目だし」
「才能か、そうかなあ」
「きっと竹中君は心配性だから、想像の翼を広げるのが得意なんだよ」
「そうでもないけど」
「いやいや、自分の才能は自分では気付かないものさ」
「才能よりも、次の仕事が早く決まる方がいい」
「ダンサンしないのかい」
「ダンサン?」
「ダンサン今晩は……だよ」
「え」
「だから、京都なんかの舞妓さんや芸子さんがお座敷でダンサンこんばんは〜って高い声で挨拶するだろ」
「ああ、ダンサンって、旦那さんのことか」
「まあ、客は旦那だよね。お愛想だよ。座敷芸だよ」
「僕が芸子になるの」
「だから、セールスをかけないの、と聞いているんだよ」
「お座敷に出るんだね」
「そうそう。仕事をくれそうな人に会いに行くんだよ。愛想のいい顔をしてね。パーティーなんかはモロにお座敷だね」
「ああ、ダンサン今晩は〜って近付くわけだ」
「それを業界ではダンサンって言うらしいよ」
「知らなかったなあ」
「段差ありって、言う人もいる」
「道の段差かい」
「そうそう。だから、この先段差ありだよ。訳すと、私はこの先セールスをかけます。になる」
「回りくどいねえ」
「だから、仕事がないときはダンサン実行を仕事と思えばいいんだ」
「そうだね。希望が出てきた」
 その後、竹中はダンサンをかけたが、ことごとく外した。風邪症状は一段重くなった。
 段差ありだ。
 
   了



2013年11月26日

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