小説 川崎サイト

 

座り婆

川崎ゆきお



「妖怪博士、本日は何か妖怪の話をしてもらえませんか」
「話してもいいが、つまらん内容かもしれんぞ」
「何でもいいです。たまには妖怪談を聞きたいと思いまして」
 妖怪博士付きの編集者はレコーダーをオンにした。
「それを押すと緊張するのう」
「そのような感じは受けませんが」
「そうか、じゃあ、話そうか」
「お願いします」
「座り婆というものがおる」
「座っている婆さんですね」
「時は今。だから現代妖怪じゃが、昔からおったかどうかは分からん」
「そうですねえ。初めて聞きました。座り婆」
「座り婆は道におる。昔からあるような道じゃが、これが今風じゃない。狭いしカーブも多い。まあ、一昔前ならそこを車がひっきりなしに走っておった。今も走っておるが、バイパスというか新道が造られた。道幅も広く車線も多く、歩道もある。並木もある。だからもう古い道は昔に戻った感じとなる。かなり静かになった。だから沸くのじゃろうなあ」
「妖怪が沸くのですか」
「座り婆がな」
「じゃ、その村道のようなところに座っている妖怪なのですね」
「道の真ん中じゃないぞ。こういう古道沿いには大きな木があったり、祠があったり、石仏があったりする。そういうスペースが所々にある。こういう所は休憩にふさわしい場所となる。座り婆はそこで休憩している婆さんじゃな」
「普通だと思いますが。休憩している婆さんが座っているだけでしょ」
「まあ、今でも婆さんが座っていることもあるじゃろうが、それは何処の誰だか分かるはず。近所の人が散歩か用事で通っておるだけ。しかし、座り婆は誰だか分からぬ。まあ、誰が通ってもいい場所なので、昔のように気にはならんがな」
「気にならないとは」
「昔は村人しか通らんような道なのでな。まあ旅人が通るような場所じゃない。近在の村から来たような老婆なら別じゃが。それに今はもう村人しか住んでおらんような町は少ない。だから、何処の誰だか分からんかっても誰も怪しまん」
「えーと、そのどこが怪異なのでしょうか」
「静まったので、出てきたのじゃ」
「車の通行量が減ったので、出てきたのですか。その妖怪のお婆さんが」
「沸いたと言ってもいい。この婆さん、座っておるだけじゃ」
「はい」
「タイプとしては小豆洗いに近い。川で小豆を洗っておる小男の親父にな。この妖怪、それ以外のポーズはない。そして『今だにごしごし』と呟く程度」
「座り婆さんの目的は何でしょうか」
「疲れたので休憩じゃ。そのまま行ってしまったのだろうなあ」
「あの世にですか」
「それなら妖怪ではなく幽霊じゃないか」
「じゃ、どこへ行ってしまったのですか」
「化け残しだろうなあ。狐か狸が婆さんに化けて、そこに座って、村人に何かを仕掛けようとしておったんじゃが、何かの都合でおかしくなった。化けたまま戻れんようになった。発作でも起こして行ってしまったのか、化け残しじゃ」
「えーと」
「または、化けておるところを僧侶が退治したのかのう」
「分かりにくい話ですねえ」
「まあ、化けたまま戻れんようになったのじゃ」
「はい」
「それの、どこが今風な妖怪なのですか」
「大きな道が出来て、その旧道が静かになった。だから復活したのじゃろう」
「じゃ、残り滓のようなものですね」
「風雅に言えば残り香じゃ」
「残滓のような」
「意外と全国至る所でそのようなものが復活しておるやもしれんのう」
「はい」
 そんなことはないと思ったが、編集者は敢えて突っ込まなかった。録音中のためだろう。
 
   了



2013年11月27日

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