小説 川崎サイト

 

映画館のあった場所

川崎ゆきお


 市街地の駅前近くにモータープールがある。老人はそれを見ている。その時間が長い。立ち止まったまましばらく経過している。
「何か用事ですか」
 その横の信用金庫の警備員が声をかける。二人とも似たような年齢だ。
「駅前に出る機会がめっきり減りましてねえ。たまに出て来たものだから、少しウロウロしているのですよ」
「そうなんですか」
「このモータープールの前は何でしたかな」
「ああ、出来る前ねえ。何だったのでしょうねえ。忘れましたよ」
「そのさらに前だと思うんだが、ここに映画館があった」
「ああ、ありましたねえ。大昔ですよ」
「信用金庫は一寸右に寄りすぎているので、ここじゃない」
「ああ、ここは古いですよ。映画館があった頃からあるような、いや、その後かなあ」
「間口的には、このモータープールが臭いのですがね」
「映画館の左側は何でした」
「普通の家だったように思いますが、覚えているのは映画館だけです」
 警備員は道を挟んだ向こう側の通りを指差しながら「ケーブルテレビのビルの横も駐車場があるでしょ。あそこは若草劇場跡ですよ。僕はそれを知っています」と、話を拡げる。
 この警備員も、昔のことを知っているようだ。老人は若草劇場と聞き、すっかり忘れていたこの劇場も思い出した。洋画専門館のため、馴染みがなかったのだ。この劇場は真っ先に消えた。この老人が小学校の頃だ。父親に連れられて行ったのだが、字幕が読めないので、退屈だった。
「いや、ありがとう」
「いえいえ」
 結局映画館のあった場所を特定出来ない。モータープールがそれに近いのだが、間口が狭い。奥行きもない。スパゲティ専門店がその横にあり、ここにも映画館は入らない。その後ろ側はマンションだ。分割されたのだろう。
 老人はさらに映画館を思い出した。この駅前には五館あった。そのうち二館は大きなスーパーのビルが建つため壊された。その後、ビルの中に映画館は引っ越したが、すぐに潰れた。そして、そのスーパーも倒産し、ビルも取り壊された。
 つまり、映画館が潰れた後に建ったものも、また潰れている。
 長く生きていると、最近のものより、それ以前のものに興味がいくようだ。特に記憶の少ない子供時代の。
 老人はそれを思い出しながら、歩いていると「あなたですかな、映画館のあった場所を探していたのは」と声をかけられた。
「あ、はい」
「警備員さんから聞きましたよ」
 追いかけて来たのは、さらに年配者だ。
 その説明によると、やはり分割されたらしい。
「もう一つ付け加えておきますとね」
「はい」
「映画館の前は、旅館でした」
「ああ、その時代はまだ産まれていませんでしたよ」
「旅館の前は畑でした」
「ああ」
「その前は、さすがに親父からは聞いていませんがね」
「はい」
「私の年代から言いますと、あの木造三階建ての旅館が懐かしい」
「はあ」
「親父が女と泊まってましてねえ。私は迎えに行ったんですよ。そのとき食べた鰻丼が美味しかった」
「あ、はい」
 町には色々な想いが、まだ残っているのだろう。古い記憶の中に。
  
   了
 


2013年12月1日

小説 川崎サイト