小説 川崎サイト

 

消えた紳士服売り場

川崎ゆきお


 畑中は毎日通っているスーパーがある。総合スーパー、百貨店のようなものだろうか。五階建てだ。
 駐輪場から建物に入るのだが、すぐに階段がある。一階だが、数段上らないといけない。一階フロアは食料品売り場で、だだっ広い。畑中はそこで買い物はしない。広すぎるので、探すのが大変なため。
 コンビニの方が移動距離が短く、何が何処にあるのかが分かりやすい。同じチェーン店ならほぼ同じ配置だ。
 一階のトイレが階段脇にある。エレベーターやエスカレーターを利用しないのは、このトイレに寄るためだ。しかしホームレスがよく来ており、ドアを閉めないで大便をしたり、流さないこともある。さすがにこれは食料品売り場のフロアとしてはまずいだろう。そんな事情で畑中は二階のトイレを使う。こちらは婦人服売り場だ。
 二階の上が紳士服品売り場。そのため、毎日三階まで階段で上っている。しばらく来ない日もあり、そのときは三階に上がりきる手前で脚が重くなり、上がりにくくなる。息も弾むが、毎日来ていると、平気で上れるようになる。そうでない場合は体調が悪いときで、脚も息もいつもの感じではなくなる。
 そして、高畠は値札を見て回る。安くなっていないかどうかを。
 毎日では変化がない。何かのセールにならないと落ちない。それがいつなのかまでは調べていない。チラシがあるのだが、見ない。三階まで上がって、安くなっていることを、そこで驚きたいのだ。
 この行程をほぼ毎日繰り返しているのだが、いつも思うことがある。
 それは、二階のトイレから出たとき、見知らぬフロアに出てしまうことだ。また、階段で三階が見えてきたとき、そのフロアが知らない場所だっりとか。
 実際にはそんなことが起こるはずはないので、あくまでも想像だけのこと。
 その元になったのは、三階だと思っていたら、二階の婦人服フロアで、いつもの絵が出てこない。しかし、同じ衣料品売り場なので、配置が似ている。模様替えをしたのかと思う前に気付くのだが、一秒ほどは異空間にいる。
 畑中はその一秒が非常に気持ちよかった。
「あれっ」と思い、頭を大回転させ、あらゆる情報を得ようと見渡した。だから、一秒とかからないのだが、その緊迫感や、迷い家、迷い里に迷い込んだような、何とも言えない浮遊感に似たものが気持ちよかったのだ。
 これを楽しめたのは、そんなことはどんな間違いがあったとしてもあるわけがないと、心の底で分かっているためだろう。
 その日、三階は無事だった。変化はない。
 次は、建物を出たとき、外の様子が一変していた……という期待だが、これはスケールが大きくなりすぎ、手に負えないだろう。
  
   了

 



2013年12月3日

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