小説 川崎サイト

 

空気読みの達人

川崎ゆきお


 桑原は空気が読めすぎて困っている。出来ればその悪癖を直したい。
 先輩や同僚から何か言われると、それはどういう意味なのかと考えてしまう。これは瞬時だ。そのため、それなりに始終接している相手でないと、この術は使えない。相手のキャラが分かっていないと瞬時には繰り出せないのだ。そうでない場合はひな形から推測する。
 相手の真意を探ってしまう。相手が何を望んでいるのかを探ってしまう。それは背後に隠れているのだが、すぐに見つけ出す。どういう意味で、どういうつもりで、等々と。
 これを桑原は相手の空気を読むと言っている。ただし複数の人間が集まっている場合は、読み切れない。特に桑原は相手の真意のさらにその奥にある真意を探るためだ。ここは空気的には成層圏で、その少し上は薄暗い宇宙だ。その宇宙まで読んでも仕方がない。相手の真意の動物的なものしか出てこないからだ。しかしここが震源地であることが非常に多い。
 桑原は霊能者ではない。だから、霊視で見ているわけではない。桑原の中にある相手のデータを読んでいるだけなのだ。
 空気読みの達人である桑原だが、職場では空気が読めない人だと言われている。当然桑原は、空気を読めないという相手の空気を読んでいる。どういうつもりで言っているのかと。
 何がそれを言わせるのか、それは常套句なのか、または自分に都合のよいときだけに、この空気云々を使うのか……等々。
 桑原は初歩的な空気は完璧に読み取れている。だからそのレベルはもういいのだ。だから、空気を使う相手の空気を見ている。
 その殆どは空気が読めない人ほど、空気云々を使うことがよく分かっている。空気が読める人なら、空気を読みましょうなどとは言わない。
 桑原はそれで、空気が読めない桑原を偽装している。これだけで桑原のことを空気が読めないと思い込んでいる同僚や先輩が多い。だから、少しも相手は読めていないのだ。
 当然桑原は協調性のない、打てば響くようなタイプではない、と評価されている。ただ、これは世の中には何割かはいるものだ。ただ、ポジションや状況が違えば、非常に協調的な人にもなる。つまり、場所によって変わるものだ。全体の空気、今、共有されている空気は読めるが、敢えて知らん顔する。そぐわない場の雰囲気があっても、やってしまう。確信犯だ。
 桑原は言葉に敏感で、その言葉の奥にあるものを見てしまう。当然同じ言葉でも、別の人が言うと違ってくる。つまり、相手の言いぐさだ。私に対してそういう言い方をする……などがポイントだ。
 桑原の仕事は単純なもので、誰にでも出来る仕事だ。だからポイントはチームワークとか、仲間意識などへ向かう。だから、ここでの仕事とは、仲間と上手くやっていくことだ。これが唯一の仕事だと言ってもいい。暗黙の強要、その場所だけでしか成立しない「常識でしょ」という言葉。
 なぜ仲良くしないといけないのか、というのが先ず桑原は引っかかる。だが、他の仲間はそれを仕事だと思っているので、それに努める。桑原はそれは本来の仕事ではないと思っている。ただ、その仕事は誰にでも出来ることなので、本来の仕事がよく出来る人としての評価を得ることは難しい。
 ただ、桑原が思っている空気を読むという意味は、他とは違っている可能性もある。
 
   了



2013年12月4日

小説 川崎サイト