小説 川崎サイト

 

オバケ屋敷の会社

川崎ゆきお


 島田はやっと就職した。就活を続け一年後だ。このあたりが限界だろう。生活費が底を突く。派遣やバイトではなく正社員だけを狙っての活動だった。長く決まらないとバイトでもいいかと思うこともあったが、そこは踏ん張った。当分は生活費の問題は解決するが、将来がない。
 ある日、同じように就活をしている大村と久しぶりに出会う。
 まだ決まっていない大村は面白くない。しかし、情報を得たい。
「うーん」不満そうな声を出しているのは正社員になった島田の方だ。
「どうしたの」
「顔」
「え」
「顔がねえ」
「君の?」
「僕の顔にも問題はあるが、それ以上のバケモノだ」
「妖怪でも出たの」
「上司だ」
「それが、何か」
「入社一日目から指導してくれた係長なんだがね、しばらくはその人の下で教えて貰うことになる」
「よくあることじゃないか」
「仕事を覚えたあとも、ずっと上司なんだ。あまり移動のない会社でね。数十年、同じポジションで、ずっと同じことをしている人も多い」
「安定しているじゃないか」
「ところが、濃い」
「え」
「どの人も顔が濃い。特に係長の顔は異様だ」
「そんな個人攻撃を」
「もう少し一般的な顔ぶれであって欲しかった。普通はそうだろ。しかし、そろいもそろって、変な顔なんだ。癖がありすぎる」
「そんな悪いことを」
「こんな顔の人達と毎日ずっと仕事をするのかと思うと、滅入ってしまう」
「顔は関係ないじゃないか」
「まあ、人のことは言えないけど、変なところに来たよ。魔界だよ。定年まで、これを見ないといけない」
「仕事はどう」
「係長も先輩も、みんな親切だ。顔は荒れているけど、言葉遣いなんかも丁寧で、職場は荒れていない」
「いいじゃないか」
「しかし、顔が……」
「顔だけかい」
「え、どういうこと」
「首から上だけかい」
「ああ、首から下は普通かな。痩せている人もいるし、太っている人もいる。ごく一般的な割合でね」
「不思議だねえ」
「会社に行くと、気が滅入る」
「失礼だよ」
「それは分かってる。しかし生理的にどうにもならない」
「でも、全員が顔に個性があるって、珍しいねえ」
「個性を越えている」
「失礼だよ」
「バケモノ屋敷だ」
「そこまで言うか」
「君の顔とどっちが濃い?」
「似たようなものだ」
「じゃ、同等じゃないか。お仲間じゃないか。だから、受かったんじゃない」
「それじゃ、顔だけで受かったのかい」
「面接の人の顔はどうだった」
「濃かった」
「偶然だよ。偶然」
「あれだけの役者を集まっているんだ。作為しないと出来ないよ」
「社長の顔はどう」
「一番濃い」
「じゃ、それしかないなあ」
「嫌だよ。あんな顔ばかり見て一生の大半を過ごすなんて」
「でも、社員はみんな我慢して仕事してるんだろ」
「我慢って……?」
「じゃ、気にしていないのかな」
「気になるはずだ」
「だったら、慣れたんだよ」
「慣れるものと、慣れないものがある。絶対無理だ」
「で、困ってるの?」
「辞めようと思う」
「もったいない」
「会社は、あそこだけじゃない」
「何処も似たようなものだよ」
「何処もバケモノ屋敷かい」
「顔はバケモノじゃなくても、そんなものだよ」
「うーん」
「みんなそこは我慢してやってるんだ。顔ぐらい、いいじゃないか。分かりやすくて」
「じゃ、あの会社、みんな我慢してやってるのかなあ。そういう風には見えないけど」
「気にしないように努めているんだよ。そこさえ無視すれば、問題はないんだろ」
「うん、非常に安定した職場で、働きやすそうだし、仕事のしがいもある」
「顔だけが問題なら、いいんじゃない」
「サングラスとマスクをみんなすればいいんだ。それを義務づけるとか」
「だから、君も人のことを言ってられない顔なんだから……」
「ああ」
「先輩達は、今度もまた、変な顔の新人が来たって、ガッカリしているかもしれないよ」
「お互い様か」
「そうそう」
 島田は、それで納得したわけではないが、その後、あまり顔を見ないで会社の人と接することにした。それでかなり緩和された。そういえば、係長も先輩も、互いに顔を見ながら話している姿を見たことがない。
 
   了
 


2013年12月5日

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