小説 川崎サイト



秋日和

川崎ゆきお



 秋日和の住宅地を老夫婦が歩いている。ゆるりとした足取りは齢のせいではないようだ。
 ベッドタウンとなってから久しいのか、宅地はほどよく人懐っこくなり、散歩コースとしてもこなれてきている。一人でも多くの散歩者が通るほど、見られている草花も慣れた表情となるようだ。
 老夫婦は時たましゃがみこみ、玄関先や塀沿いの鉢植えを観察している。
 区画整理された分譲住宅地で、行き交う人も車も少ない。
 老夫婦が見ている草花は野生の植物で、大きな丸い葉に長く伸びた茎からピンク色の花をつけている。
 その花を発見するたびに二人は笑顔で顔を見合わせる。
 雑草なら抜かれるかもしれないが、愛くるしい色で咲いているのだから、咲くに任せ、増えるに任せているようだ。
 老夫婦はしばし花の前で話し込む。たまに通る人も、花好きな老夫婦を半ば羨ましく眺める。
 一緒に散歩などしたことのない主婦は、老夫婦を見ながら自分もあの齢になれば、連れだって歩く日が来るのだろうかと考えている。そうやって散歩に出掛けられる精神状態がこの老夫婦にはあり、その余裕が羨ましい。その反面老いの悲しさも感じているだろう。
 老夫婦ともハイキングにでも出かけてもおかしくないような大きなナップザックを背負っている。しかし中身はすかすかのようだ。
 お爺さんは首からデジカメをぶら下げ、大きな液晶画面を見ながら何やら写している。
 お婆さんは横でにこやかに撮影する主人を見ている。流行りのカメラをうまく使いこなせているのかが心配なのかもしれない。
 家の裏側にも小道がある。そういう路地のほうが庭もよく見えるのか、二人はたわわに実った垣を見たり、見事に育った松の枝振りを立ち止まって見ている。
 下手に山へ行かなくても、こういう場所でもそれなりに自然があり、年寄りには楽なのかもしれない。
 夫婦そろって歩けるだけの健康状態を羨ましく見ている町の老人もいる。ただ単に夫婦で歩いているだけの何でもないことでも、それが叶わぬ老夫婦も多い。
 秋の陽は落ちるのが早い。寄り添う老夫婦は柿色の斜光を受けながら町内を抜けて行く。
 その後、この町内で四件の空き巣被害が出たことを地方紙が報じた。
 
   了
 
 



          2006年11月15日
 

 

 

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