小説 川崎サイト

 

小春日和

川崎ゆきお


 季節は一夜で冬になり、急に寒い日が続いた。これは新しい政権が生まれ、政権交代が起きたような感じだ。そんな日がしばらく続いた後、やや暖かい日がある。まるで春が来たように……とはいかないが、冬の一休みで、少し寒さが緩和しただけ。しかし、昨日よりも遙かに暖かい場合、春を感じる。ただこの小春は儚い。なぜなら、これから真冬へと向かうことを知っているので、一時的なものなのだ。決して春が来たわけではない。といってこのまま冬のままかと言えば、いずれ春は来る。そのため、冬の政権も長くはない。
「暑いですなあ」
「いやいや、そこまで暑くないですよ」
「昨日に比べれば夏のようだ」
「こんな日は冬物衣料はあまり売れんでしょうなあ」
「この季節、夏物はさすがに売っておらん」
「当然ですよ」
「そこの大通りに古着屋が出来ておるが、夏物はない」
「並べていても、売れないからですよ。この季節にはこの季節に売れるものが並ぶ。初歩の初歩です」
「しかし、冬に夏の服を欲しがる人もいるんじゃないのかい。たとえばアロハシャツ」
「アロハシャツなんて、冬に着ますか」
「着てもいいじゃないか。重ね着で」
「中に着るんですか」
「そうだ」
「でも、アロハシャツの柄って、見せるためにあるんでしょ」
「見せるも何も、脱げば裸か、肌着じゃないか、あれを着ないと外には出られない。それが見せることになるのかもしれんがな」
「厚手のアロハシャツなら着るかもしませんねえ、長袖にして」
「それじゃアロハシャツと言えないじゃないか」
「そうですねえ」
「アロハシャツを冬に着るからいいんだ」
「いいんですか」
「いいんだ。洒落ていていいんだ。意外性があって、いいんだ」
「誰が意外だと思うのですか。下に着るのでしょ」
「サウナで着替えるとき、人に見せるだろ」
「でも、あれは同姓ではなく、異性に見せるのがいいんじゃないですか。あの派手な色柄は、気を引くためだと思うのですが」
「ほう、それは新説だね。考えたこともなかった。涼しいから着ていたんだ」
「まあ、どうせ見えないのですから、中に着られては」
「アロハシャツは小春日和だ」
「夏じゃないですか? 季節的には」
「そうか」
「気持ちの問題でしょうねえ」
「部屋の暖房をがんがんに効かせてアロハと短パンで過ごす。これはどうだ」
「電気代高く付きますよ」
「大した金額じゃない。それより、気分がよかろう」
「まあ、お宅の中での話ですから、人様に見せるわけではないので、いいんじゃないですか」
「しかし、君が訪問したとき、暑くて仕方がないかもしれんなあ」
「そのときは脱ぎますよ」
「そうか」
「それよりも、温度差に注意した方がいいですよ。そんな暖かい部屋から外に出ると、血管も忙しくなりますからね」
「分かった。アロハシャツはこっそり中に着込む程度にする」
「それがよろしいかと」
「いつも心は小春日和」
「はい」
 
   了
 
 


2013年12月12日

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