小説 川崎サイト

 

離島の楽園

川崎ゆきお


 真冬に雨。雪にならないのだから、それほど寒くはないのだが、清原は薄ら寒さを感じた。「少し寒い」は、少しだけ寒いのであって、標準的な寒さよりは暖かいことになりそうだが、いつもより少しだけ寒さがあるということで、マイナス側だと言える。だから、いつもよりも寒いのだ。
 少し暑い、いつもよりも少しだけ暑さがあるという意味だ。ただ、それは清原の口癖で、他の人に伝わるかどうかは分からない。
 冬の雨を薄ら寒く感じながら清原は歩いている。少しの雪なら払えば衣服は濡れないが、雨では染み込む。防寒着なので中まで染みることはないが、濡れていること自体が不快なようだ。
 清原は友人の住むアパートの外階段を上る。金属的な音が響く。雪でも積もれば、滑りそうだ。
「ああ、清原君か、どうした傘は」
「出るとき降ってなかったから」
「そうか」
「それで、電話で話していた件だけど」
「お金がいるんだっけ」
「それはまた、頼みたいけど、その前に……」
「えーと、何だったかなあ」
 二人はさっきまで電話で雑談をしていた。とりとめのない話だった。その中で、清原はその友人の正岡に、今すぐ行くと伝えた。半ば冗談のように。
 正岡は先ほどの電話の内容を思い出した。本を貸してくれとか、金を貸してくれとか、面白いイベントがあるから行こうとか、そんな感じだ。
「えーと、何だっけ」正岡は用件を清原から直接聞くことにした。
「実は正岡君、電話でも話したけど、地方で農業でもやろうと思うんだ」
 確かに清原はそんなことを話していた、と正岡は思い出したが、それは冗談だと思い、聞き流していた。
「地方で農業?」
「ああ、島なんだけど、無農薬の野菜なんかを作ってる集団があるんだ」
「島で農業?」
「自然農園で、牧畜もする」
「酪農だね」
「僕が最近行ってるフリースペースにいる人が、その島の人でね」
「島の人?」
「地元の人じゃないよ。僕らと同じ二十歳代だけど、ずっと島暮らしなんだ」
「ふーん」
「島で農業をやってる人達はね、そのフリースペースの人が多いんだ。数ヶ月で戻る人もいるけど」
「男女比は」
「え」
「若いんだろ。その集団」
「ああ」
「だから、男女比は?」
「女性の方が多いかな」
「それで……」
「自然を大切にする人達の集まりなんだ」
「だから、それと、僕がどう関係するの」
「こっちにいても殺伐としているし、就職する気は当分ないし……で」
「それで?」
「旅費がないんだ」
「あ、金だね」
「交通費、貸して欲しいんだ」
「本気だったのかい」
「電話では冗談ぽく言ったけど、真剣に考えていたんだ」
 正岡は勤め人なので収入は安定していた。離島程度の交通費なら貸せないことはない。今まで、清原に何度も貸したが、全て返して貰っている。だから、金を貸すことに問題はない。
「どの程度いるの」
 清原は金額を言う。
「いや、どの程度その島で暮らすの」
「分からないけど、お金は島から送るよ。一応農夫として働くことになるから、給料も貰えるらしいから」
「そうか、それならいいけど」
 雨の降る中、傘も差さず清原は歩いている。懐には旅費が入っている。
「女の方が多い男女比か……」清原が帰ったあと、正岡は苦笑いした。
 
   了
 



2013年12月23日

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