小説 川崎サイト

 

妖怪隠れん坊

川崎ゆきお


「つまらん依頼じゃ」
 妖怪博士は、そう呟きながら木枯らしの吹く屋敷町を歩いている。町名は屋敷町だが、今はそれほどではない。私鉄沿線の町で、戦前出来た高級住宅地だ。電鉄会社が売り出した。
 しかし、家が建ち始めた頃は敷地の広い家が多くあり、屋敷と言える家も多数残っているので、町名と合わないわけではない。その一軒から妖怪博士は依頼を受けた。
「屏風の後ろに何かおるのですね」
「そうです。幽霊ではなく、妖怪だと思う。動物に近い」
 十畳の居間に屏風が立っている。その後ろは壁で、その隙間に道具類や雑雑とした物が置かれている。ぼろ隠しのようなものだ。
 その屏風は六枚ほどからなり、鳥獣戯画が描かれている。当然本物ではなく、プリントしたものを貼り付けているのだろう。そのため、かなり拡大されており、兎や蛙が大きく見え、本物の兎ではないかと思えるほどだ。
「どんな妖怪ですかな」
「後ろに隠れているのです。音を立てたりします。また屏風が動いたりも」
「鳥獣戯画の動物が動いたりするわけではないのですな」
「絵は動きません。絵は問題ではなく、屏風の後ろに隠れているのです。何かが」
 妖怪博士は屏風の後ろを見る。半畳ほどの奥行きがあり、家電品の段ボールや紙袋、そして使わなくなった蚊取り線香などが雑然と置かれている。そのとき、屏風に触れてみると、簡単に揺れた。
「片付けないといけないのですがね、一時置き場です」
「それで、目隠しに屏風を」
「いや、これはわしが観賞するため、壁際に立てたのです。いつの間にかぼろ隠しになってしまいましたが」
「鼠がちょろちょろしているんじゃないのですかな」
「もう少し大きいです。大型犬ほどはありそうな」
「見ましたか」
「いえ、その大きさの気配が」
「それが妖怪だと」
「はい、妖怪が屏風の後ろに隠れているのです」
「隠れん坊という屏風の後ろに隠れる妖怪がおります。絵が好きな小坊主です」
「やはり、いますか。なるほど」
「子供ですから、まあ大型犬の気配に近いかもしれませんなあ」
「退治する方法は」
「そのままでいいでしょ」
「しかし」
「隠れておるだけですからな。こんな屏風を使う家は減りましたからなあ、屏風不足です。だから、いい場所を見付けた隠れん坊が棲み着いたのでしょ」
「何をしているのですか。その妖怪は」
「だから、隠れておるだけで、それ以外のことはしません。人畜無害です」
「ほう」
「妖怪隠れん坊は屏風にはつきものでしてなあ。隠れん坊に選ばれた屏風は誇ってもいいのです」
「誇る」
「気に入った屏風にしか出ません」
「そう思う。この鳥獣戯画屏風はよく出来ておる」
「妖怪に気に入られたのですから、名誉なことです」
「わしは飾っておるだけだ」
「これを見つけ出したあなたの眼識が高かったのでしょう」
「褒めていただいて嬉しいです」
「だから隠れん坊が出る屏風は自慢してもよろしい」
「それを聞いて安心しました」
「この屏風を大事にすることですなあ」
「はい、有り難うございます。妖怪博士」
 妖怪博士が必要以上に屏風を褒め称えたためか、謝礼は思った以上の額だった。
 貰うものを貰い、妖怪博士は屋敷町を歩いている。
「つまらん依頼じゃが、こういう話なら、定期的にもっとあったほうがいいのう」と、呟いた。
 木枯らしの中、今日の妖怪博士の懐は温かい。
 
   了




2013年12月24日

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