小説 川崎サイト

 

親の背中

川崎ゆきお


 親の背を見て子は育つというが、小西の親は猫背だった。だが、その背中を見て育ったわけではない。背中が何かを語るのだが、背中の形は何も語らない。
 肩身の狭い暮らしとか地位などがあるが、小西の親は肩幅がなかった。猫背で肩幅が狭い。
「形じゃないんだよ」村瀬が言う。二人とも俳優だ。
「背中の演技ってのも嘘だね」小西が呟く。
「形のいい背中だと、そういう風に見えるねえ」
「君はがっちりとした背中で、そのままで絵になるよ」
「中身は何もないんだよ。柄だよ。柄。見かけ倒しだよ」
「でも、村瀬さんなら背中の演技が出来そうだね」
「そんなもの演技しようがないだろ。だから、形じゃないんだ」
「そうなんだけど、僕は親に似て猫背で肩幅も狭いから、背中の演技には向かないなあ。だから、誰かの背中を見て学ぶって言い方もしんどいねえ」
「だから、形じゃないんだよ。背中にその人の人生が出るわけじゃない。比喩だよ。比喩」
「そうだね。それじゃ体型で決まってしまうねえ。その後どんなに素晴らしい業績を残しても、体型はそれほど変わらないから。肩幅がどんどん拡がり、立派な背中になるわけじゃない」
「背中に筋肉を付けるんだ。少しは形が変わるぜ」
「だから、それも最初から良いフレームに限られるよ。そこに肉付けしても効果はないよ」
「まあ、後ろ姿の演技って、そういう肩や背中をしている人、または後頭部がいい人しか出来ないよ」
「そうだね。演技のしようがないし。見てくれだね」
「それに……」
「何?」
「背中を撮せば、誰だってそれなりに見えるよ。ただし、その他大勢のキャラの背中じゃ駄目だけど」
「背中は演技が出来ないから、背中の演技って言うんじゃないかな」
「ほう」
「だから過去だよ過去。その人の過去が背中に映し出されているんだ。何も映っていないけど、過去の履歴を見てしまうんだろうねえ」
 二人は黙り込んだ。どちらもちょい役のため、そんな演出はしてもらえない。偶然背中だけが映ることもあるが、そういう意味での演出ではない。
「うちの親は肩幅が狭く、猫背だから、背中の演技や先輩の背中を見て学べなんてのが嘘臭く感じるのだよ」
「だから、形じゃないって、言ってるだろ」
「そうなんだけど、後ろ姿に真実があるって言うのも、うちの親には当てはまらないんだ。背中をそのままビジュアル的に見るとね、変な人になる。個性的な。しかし、親は普通の人だよ。これが気に入らないんだ。背中云々の話がね」
「言葉通り取るからだよ。その背中じゃないんだよ」
「比喩って、残酷だね」
「まあ、言葉の綾だと思えばいいんだ。セリフなんて気持ちなんてこもってなくても、同じ音が出るし、同じ表情になるから。欺すのが役者なんだから」
「うん、分かった」
 
   了




2013年12月26日

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