小説 川崎サイト

 

一人忘年会

川崎ゆきお


 飲み屋街は忘年会シーズンで何処も客が多い。
 その飲み屋は座敷の部屋が多く、忘年会向けだ。やはり立食やテーブル席よりも畳の敷かれている座敷の方が落ち着くのだろう。横にゴロンとなれる。
 この店には大広間があり、複数の団体さんが忘年会をやっていた。十人を超える席や二三人の客もいる。個室が欲しいのだが、満室のときは、この大広間になってしまうようだ。
 大広間のざわめきは、酔って声が大きくなり、聞き取りにくいので、さらに大きくなり、鍋の向こう側にいる人の声など聞こえない。
 その中にぽつりと一人だけ座っている男がいる。ビールを飲みがなら鍋をつついている。天麩羅や刺身もあり、結構豪華だ。カウンター席が満員のため、ここへ回されたのだろう。
 大広間の片隅で、切り放されたお膳の前であぐらをかき、飲んでは食べ、食べては煙草を吸っている。
 その男、実は一人忘年会をやっている。一人なので、それは会ではない。だがその主旨は忘年会と変わらない。
 会社や仲間内の忘年会もあったが、彼は誘われなかった。誘っても来ないためだ。それは社内での立ち位置を意味している。一人が好きなのだ。
 そのためか、社内に友達はいない。社外にもいない。だから、いつも一人で動いている。
 孤立無援が好きなようだ。その方が落ち着くのだろう。しかし、人が嫌いなわけではない。また、忘年会も嫌いではない。だから、忘年会をやっている飲み屋に平気で来ているのだ。
 男は蟹チリをつついている。身を取り出す行為に熱中している。
 そして、今年あったことを色々思い巡らせ、反省したり、よかった思い出などを噛みしめたりと、次々に表情を変えている。それらの思い出のエピソードなどを人に語ることはなく、自分自身に語っているのだろう。にやにやしたり、眉間に皺を寄せたり。
 彼が何を思い巡らせているのかは、横にいる団体客には分からない。それ以前に彼の存在など無視している。気にも留めていない。
 その夜は彼にとっては忘年会なので、普段は注文しないような贅沢なものを食べている。
 風変わりな男だが、それだけのことで、社内で独自の仕事をやっているわけではない。平凡な人材だ。
 周囲が騒がしいので、男は小さな声を出している。喜怒哀楽を残さず吐き出すように。
 それは独り言を声を出して言っているだけのことなのだが、それが出来るのは騒がしい大広間のおかげだろう。
 次回は新年会をやるつもりだ。
 
   了



2013年12月28日

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