小説 川崎サイト

 

初夢

川崎ゆきお


「去年のことはどうですか」
「はい?」
「昨年のことですよ」
「ああ、去年ねえ」
 元旦の朝の会話だ。
「昨日のことですねえ」
「それを昨年と言う」
「早いですねえ。数時間前の話ですよ」
「切り替わりましたか」
「それがねえ、早く寝てしまいまして、紅白も見ていなかったんですよ。それより、最近テレビを見なくなってまして、大晦日恒例のことがなくなりましたよ」
「テレビだけじゃなく、年末の行事のようなものがあったでしょ」
「ああ、忘年会がありましたが、出ませんでした。体調が悪くてねえ」
「それはいけませんねえ」
「まあ、新年を迎えても、身体はそのままですよ。切り替わるわけがない」
「除夜の鐘も初日の出も見ていないのですか」
「ああ、朝起きたとき、日は上がっているようでしたが、曇っておりましてねえ、お日さんは出ていなかったです。それは意識していましたよ。新年なんだから、日の出を。その時間に起きてましたからね。今年もまた始まるとね。それで、少しだけ町内を歩いてみました。日の丸を出している家なんて、最近珍しいですねえ。やっと一軒だけ見付けましたよ。あとは玄関の飾り縄ですか。あれは結構あります。年末スーパーに行ったとき、よく見かけましたよ。お供え餅もね。それは買ってます。仏壇に供えていますが」
「じゃ、切り替わりましたね。去年から今年へ」
「そうだと思いますよ。しかしやはり紅白が終わり、行く年来る年の除夜の鐘を聞きながら、年越し蕎麦を食べないと、切り替わったように感じないものです。お寺の鐘は、最近近所では聞こえなくなりました。鳴らしていないんでしょうねえ。あそこのは住職がついていました。もう高齢だし、寒いので、数年前から静かになってます。昔は、耳を澄ませば、もっと遠くからも聞こえて来ましてねえ。建物がそれほどなかったので、風のある日は届いたものですよ」
「年末年始の予定はないのですか」
「特にないですねえ。まあ、無事年を越せただけでも御の字ですか。しかし、体調が悪いのは頂けません。これを何とか治したいのですが、何ともならないですよ。ところで、あなたは」
「私は獅子舞です」
「顔が」
「顔じゃなく、獅子舞で町内を廻っています」
「あ、それは分かっていました。獅子が来たと」
「面はまだ付けてませんが」
「いらないでしょ。そのお顔なら」
「まあ、そうなんですがね。この時期だけは、助かります。面なしで獅子舞が踊れるのですから」
「しかし、なまはげのように座敷まで上がってくるものですか」
「寒いので、室内で舞うようにしています」
「外じゃなく、内で」
「そうです。魔除けですよ。外からじゃなく、内にいる魔に対する魔除けです」
「分かりました。お願いします」
 獅子舞は踊り出した。
「いくらですか」
「いくらでも」
「じゃ、賽銭程度で」
「いくらでも」
 獅子舞は千円札を受け取った。
「病魔はこれで取れそうです。有り難う」
「いえいえ」
 獅子舞は出ていった。
 これが、この人の初夢だったようだ。
 
   了



2014年1月2日

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