小説 川崎サイト

 

柿の和菓子

川崎ゆきお


「昼間のことが夜、夢となって出ることが多いです」
「ありますねえ。昼間のことがきっかになった様な夢は確かにあります」
「あ、茶菓子をどうぞ」
 二人の間に茶菓子の膳が出ている。
「これは柿ですか」
「柿色をしているでしょ。形も柿です。しかし本物の柿じゃない。和菓子ですからなあ」
「はい」
「夢はこの茶菓子のようなものですよ」
「菓子は夢ですか」
「いや、そこが面倒な話なのですがね。菓子とは果物を差しています。しかし、お茶がメインで、茶菓子は添え物です。だから、菓子と言わず饅頭や煎餅や餅と言った方がいいでしょうなあ」
「そうですねえ。和菓子は饅頭屋で売ってますねえ。果物屋には売ってません。しかし菓子と言わず、お菓子や茶菓子と言えば、果物はもう差さないですよ」
「まあ、そういう話じゃなく、夢の話です。昼間見たものが夜、夢となって表れる話です」
「はい、それが茶菓子の饅頭のようなものだと」
「本物じゃないところが、夢に近い」
「饅頭はフィクションなのですね。架空なのですね」
「ところが、食べられる」
「夢も茶菓子も奥が深そうですねえ」
「昼間見たものが夜に表れる。しかし、同じものじゃない。それがきっかけとなり、別のものが夢になって出て来ることもあります」
「きっかけですか」
「だから昼間見たものと内容的には無関係な夢を見ることも多いのです。それに昼間の現実とそっくりな夢なんてのもないでしょう」
「ないですねえ」
「茶菓子がフィクションのようなものだと考えれば、夢もまたそうなのかもしれません」
 客は柿の形をした和菓子を食べる。
「甘いです」
「それを甘柿だとは言わないでしょう。最初からあんこの塊なのだから、甘くて当然。歯ごたえも饅頭そのものでしょ」
「それが創作の極意ですか。師匠」
「それは、まだ早い。意味は確かにあるが、極まった極意と言うまでには至りません」
「是非、それを伝授願いたい」
「創作とは夢。夢は昼間見たものがきっかけに……これが解です」
「言葉では分かりますが……」
「起きて見る夢が創作なのです」
「そのやり方は」
「やり方ですか」
「はい」
「さっきあったとことをきっかけとすればよろしい」
「はあ?」
「だから、昨日のことより、今日のことの方がまだ鮮度があるでしょ。今日印象深かったことは夜、夢となって出るかもしれませんが、寝入る前に先に使うのです」
「何を使うのですか」
「だから、印象深かったことです」
「はい」
「朝から今まで何がありました?」
「朝から雨が降っていました。濡れたアスファルトが鏡のようになり、まるで道路が川面のように見えました」
「それは数日すると消えます。賞味期限が短いのです。それをきっかけにすることです」
「どうやって」
「道路が川面。そういう話ではなく、あくまでもきっかけなのです」
「まだ、極意が……」
「受けたインパクトはエネルギーです。それが消えるまでに作ることです」
「うーん、それがよく分かりません。まだその境地には……」
「雨も路面の反射もどうでもいいのです。その印象から出て来るものがあります。それを引っ張り出しなさい」
「いかにも創作の極意のように聞こえますが、どうすればいいのか、見当が付きません」
「だから極意なのですよ」
「では、師匠はその極意を使われているのですか」
「極意は意識して使えるものではないのです」
「また、日を改めます」
「昼間の出来事を模すのではなく、それはきっかけにすぎないのです。そこから色々なものと繋がっています。ただ、早くしないと、印象の念が消えますから、その日のうちに使いなさい。明日は明日、また別のものが印象に残るでしょう」
 この師匠は、この方法で上手く行っているが、弟子は弟子なりの方法が必要なようだ。
 
   了



2014年1月6日

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