小説 川崎サイト

 

三百六十五円

川崎ゆきお


「一日百円ほどと思うが、十日で千円。月に三千円。年では三万六千五百円になる。これはまとまった金だ。一寸したものが買える」
「まあ、そうなんですが」
「今ここで三万円を出して買い物をしようとしても、簡単に買えるものではない。それを買うと月末、食べるものを買うお金がなくなるかもしれん」
「要するに百円貯金の話ですか」
「貯金などしなくてもいいが、少し安い物にすればいいんだ。または百円だからと言って、簡単に買わないことだな。毎日三百円する物を二百円の物にする。すると、月末に三千円ほど残る。これを残していけば済む話だよ」
「それで、貯まったお金はどうするのですか」
「それで、まとまった物を買う。半年に一度なら一万五千円程度の物が買える。年に一度なら三万六千五百円の品物が買える」
「何を買うのですか」
「何でもいい。旅行にでも行けるし、一番安いパソコンも買えるし、タブレットなら簡単に買える」
「そのお金は何処にストックしているのですか」
「財布の中にだ。私はその月の生活費だけ銀行から下ろして財布の中に入れている。絶対に必要な分だけね。だから、毎月決まった金額しか使わない。だから月末、財布の中に残る。これが楽しみなのだよ」
「残るのがですか」
「貯まってくると、好きなものが買える。余計なものをね。だから、貯めるのが楽しいのじゃなく、つまらん物を買うのが楽しいんだよ。これは使っていい金だ。生活費の中から捻出したものだからね」
「しかし、百円ぐらいでは……」
「何かね」
「月に三千円でしょ」
「そうだ。これだけでも大きいぞ。余計なものが買えるぞ」
「月に三千円程度なら、稼げば問題ない金額ですよ」
「給料は同じだろ。商売人でもない限り、稼ぎは急には増えんぞ」
「じゃ、大きな物を買わなければ、一日百円のことなど考えないで、平気で缶コーヒーの二本や三本は買えますよ」
「缶コーヒーが必要かな」
「必要ですよ。飲まないと頭がしゃきっとしませんから、仕事の効率が悪くなります」
「だから、それは生活費のようなものだから、二本でも三本でも買えばよろしい」
「コーヒーはいいんですか」
「いいんだ。いけないのは、余計なものだ」
「それも欲しくなりますよ」
「百円程度と思い、余計な物を買わないことだね」
「つい買ってしまうことがありますよ。あれば便利かなって思い、買います。あとで使わなくなり、燃えないゴミになりますが」
「そういうのを買うと、月末小遣いが少なくなっているだろ」
「はい確かに。しかし足りなくなるほど無茶なものは買いませんよ」
「若い間は、あとで取り戻せるチャンスがあるので、それでいいのかもしれんねえ。けち臭いことを考えていると覇気もなくなる」
「覇気ですか」
「気勢だよ」
「そうです。細かいことを気にしていると、気合いがどんどん減ります。だから、百円程度、いいじゃないですか。多少無駄に使っても」
「まあ、そうなんだがね。一日百円の節約が、結構効果があると言いたかったんだよ。それだけのことだ」
「はい、有り難うございます。よきご指導」
「私はそれで三万六千五百円で家電を買って、失敗した。今は使っていない。三百六十五日我慢したのは何だったのか……と今は悔やんでいる」
「それを聞いて、ほっとしました」
 
   了



2014年1月9日

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