小説 川崎サイト

 

抜けない正月気分

川崎ゆきお


 年が明けてからしばらく経つ。
「毎年正月気分が抜けなくて」
「ぞれは、めでたい」
「頭も正月のままなんです」
「頭が正月かね」
「新年を迎えての新鮮な気持ちです」
「それならいいじゃないかな。ずっと新鮮な気持ちで、日々を迎える」
「そうじゃなく、正月は特別な日なので、のんびりしていました。日常のことは置いといて……」
「何ですか、それは?」
「だから毎日が日曜日のような気分なんです」
「日曜日ねえ」
「日曜なので、何もしないで、のんびり過ごすとか……」
「それは日曜の使い方の問題でしょ。仕事よりもハードなことをして過ごす人もいますよ」
「いや、僕はお休み気分です」
「その気分、月曜日はどうなりますか」
「切り替わります。日曜日の夕方あたりから警戒警報が出ます」
「ほう」
「明日のため、身構えるのです。しっかり寝付けるように」
「じゃ、それと同じことを正月明けもやればいいじゃないか」
「だから、休みぼけです。正月ぼけです」
 季節はもう春に近い。
「僕はきっと正月病にかかったんだろと思います」
「そんな病気があるのかね」
「さあ」
「それで、会社に出て来られなくなったのかい」
「はい、未だに正月です。正月三が日がずっと続いています。四日が来ないのです」
「それで春先なのに、まだ正月をやっているのかい。もうそんな風情は町にはないだろう。そろそろ桜が咲き始める頃だ」
「だから、初詣にずっと行ってます」
「毎日初詣かい」
「だから、同じ神社だと初詣にならないので、別の神社を回っています。小さな神社でもいいんです。見付け次第初詣です」
「しかし、それも限りがあるだろう」
「だから、遠出しています。結構ありますよ」
「それで、正月気分の何がいいのかね」
「日常に戻りたくないのです」
「ほう」
「除夜の鐘が鳴ってる深夜や丑三つ時でも電車が走っているんですよ。あれは日常じゃない。あれがいいんです」
「だから、それは元旦だけで、年に一度のことだよ」
「それがずっと続けば、いいなあと思ったのです」
「うーん」
「だから、僕の頭はもう正月気分のおめでたき人になっています」
「他に理由がないのかね」
「え」
「だから、正月病とか、正月気分が抜けないとか、そういう嘘はいいから、本当のところはどうなんだ。何かあったのかい」
「いえ」
「このまま出勤しない状態が続くと、やばくなるよ」
「はい」
「私がやばくなる。君の上司なんだから」
「はい」
「辞めるなら辞めると、決めて欲しい」
「それが、頭がよく働かなくて」
「じゃ、心療内科へ行って、診断書をもらってきてくれないかな。しばらくはそれで持つ」
「はい」
「その前に、辞めるなら辞めるで、はっきりしてくれ」
「正月気分が抜けなくて……」
「もうそれはいい」
「はい」
 
   了



2014年1月12日

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