小説 川崎サイト

 

異界巡り

川崎ゆきお


「最近、異界巡りはしないのですか」
「寒いですからねえ、ウロウロしにくいのですよ」
 異界巡りとは、近所の怪しい場所を巡ることだ。
「そう言えば、行かなくなれば消えているねえ」
「異界がですか」
「そうだよ。あれは行っていくらの世界だった。行かなくなれば、ないに等しい。私は家から出てすぐのところにあるお稲荷さんから回っていました。ここはちょいと高くなってましてねえ。古墳の跡じゃないかと噂があるのですが、定かではありません。お稲荷さんより、古墳の方が気になったりします。しかし、墓とお稲荷さんとは違う。墓はリアルでしょ。お稲荷さんはそうじゃない。あれは最初から無い世界でしてね、だから異界なんだなあ」
「最近行かれていないのですか」
「だから、寒いので、そっち方面へ寄ることがない。異界が開くのはいい季節になってからだな。山開きのようなものですよ。冬場は寒いので、登る人も少ない。まあ、雪で危ないですからなあ」
「では、また春になると、異界巡りを……」
「そうですなあ」
「でもお正月、初詣に行かれたのでしょ」
「ああ、みんなで参れば寒くない、ですよ」
「なるほど」
「しかし、初詣後、次の詣でまでブランクがある。これは長い。春まで間が開きますなあ。神社だけじゃなく、小さなお堂や石仏なんかも回るのですがね、異界に繋がっているような雰囲気を味わうのです」
「精神世界の話ですね」
「精神世界はその人だけの世界でしょ。内面の世界ですよ。それじゃ外と繋がっていないことになる。異界は繋がっているように思われるのです。だから、誰でも入って行けるような」
「入れましたか」
「入ったような気になりますねえ」
「それを毎日のようにやっていたのでしょ」
「そうだねえ、寒くなるまではね。まあ、ただの散歩コースのようなものですよ」
「それで、行かなくなったので、異界も消えたと」
「そうです。だから私の冬は殺風景だ。ただ、家の中の異界もある」
「たとえば」
「仏壇や神棚はモロにそうでしょうねえ。しかしそれは私の思っているところの異界じゃない。あの世や神様の世界じゃなく、普通の人が暮らし住んでいる世界ですよ」
「たとえば」
「トンネルを抜けると見知らぬ町があった」
「はいはい」
「これは物理的でしょ。地続きです」
「やはり、入っていけるスペースが必要なのですね」
「そうだね、仏壇や神棚は、ぶつかってしまうじゃないか」
「はい」
「だから、トンネルや、ドアがいいですなあ」
「妙なことを考えながら過ごしておられるのですね」
「いや、だから冬場は異界巡りに出掛けられないので、さっぱりですよ。忘れてしまってます。私の日常の中から消えていますよ」
「それは何でしょうねえ」
「さあ、その端っこがいいんでしょうねえ」
「異界の端っこですか」
「その端に触れる。異界巡りは実際には普通の道を移動しているだけでしてね。あちらの異界の端と、こちらの異界の端を移動しているだけなのですが、その道中は普通の道でも、私にとってはそこが疑似異界です」
「気の持ち方なんですねえ」
「まあ、巡礼ってそう言うことでしょ」
「霊場の札所じゃなく、その道中に意味があるのですね」
「その心持ちでやってます」
「じゃ、異界巡りは、巡礼なんですね」
「ああ、そうだねえ。珍しいことじゃないが、私独自の巡礼コースがありましてねえ。これはオリジナルだ。そして私にしか分からない巡礼コースです」
「普通に歩いているのと、巡礼で歩いているのとでは確かに違いますねえ」
「はい、心持ちがね。それだけです」
「暖かくなれば、またやりますか」
「山開きのように、異界開きの季節になればね」
「はい」
 
   了


2014年1月24日

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