小説 川崎サイト

 

古代史と電子書籍

川崎ゆきお


 訪問好きな木下は、その日、竹中という無職者を訪ねた。訪ねやすいのはいつも部屋にいるからで、時間帯も土日祭日も問わない。そのため、訪問頻度が増えている。従って親しさも増しているのだが、友人関係が深まったわけではない。
 竹中は少し古びたワンルームマンションに住んでいた。
「狭いからねえ」と、毎回竹中は言う。それまで住んでいた実家では二間を自分の部屋にしていた。それに比べると牢獄のように狭いのだろうが、この狭さに憧れていたようだ。
「どうだい」
「何だい」
「調子は」
「同じ」
「じゃ、何もしていないと」
「うん」
「何か目的を持ったら」と、木下はありふれた助言入れる。その効果は全くないのだが。
「目的ねえ。日々のメニューの中で、メインだな。まっ、仕事をしていれば、会社なんかで、その時間を過ごす。メインを過ごす」
 竹中は何度か働きに出たことはあるが、辞めている。
「それでね、部屋で、自宅、自室で出来るメインを考えている。今もそうだよ。だからやるべき事はやっている」
「そうだったねえ。で、最近は何をやってるのかな」
「先ずは原理から考えてみた」
「原理か、それは凄い」
「メインを囮にするのがいい」
「え、囮」
「メインは囮でね。今、古代史の勉強をしている」
「それがメインなの。メインって仕事になるようなことじゃないの」
「そうだよ」
「古代史で食べていけるのかなあ」
「だから、これは囮だ」
「はいはい」
「これを一日のメインとする。つまり軸だ」
「それで?」
「古代史関連の本を読んだり、書きものをしている。しかし、すぐに飽きる。一日持たない。だから、休憩する。その休憩中に検定試験、資格試験だね。その本を読んでいる」
「非実用なものがメインで、実用がサブかい」
「サブにしたほうが気楽に出来る。これが原理だ」
「なるほど、考えたねえ」
「しなくてもいいんだ、サブはね。だから資格試験はしなくてもいいんだ。本当にしなければいけないのは古代史の研究だ。その休憩で、しなくてもいいことをやる感じで資格試験の本を読む。これだよ。これ」
「しかし」
「ん、何」
「どちらも似たようなものかもしれないよ」
「何が、何処が」
「どちらも実用性がないと思うけど」
「資格を持てば就職に有利だろ」
「弁護士が出来る資格を持っていても、仕事がないらしいよ」
「そうか」
「だろ」
「しかし木下君。この原理のおかげで、日々効率よく、さらに充実している。これはどうなの。この実用性はいいじゃないか」
「まあ、そうだけど、それはこの部屋の中だけでの話だからねえ」
「先ずは、この部屋からだ」
「はいはい」
「やらないといけないことをほどやりにくい。やらなくてもよいこと、またはやってはいけないことの方がやりやすい」
「その原理は分かるけど。サブの資格試験はやっていいことでしょ。古代史の研究よりも就職に有利だし」
「それが少し気になり、修正が必要なんだ」
「遊びすぎた方が、勉強しやすくなるとも言うけどねえ。原理的にはそれじゃないかな」
「遊んでいる場合じゃないと、気合いを入れ直す瞬間、確かにあるねえ」
「気合いはすぐに抜け、また遊びたくなる」
「そうそう」
「古代史と検定ものだけど、題目を代えたら」
「古代史は好きなので抜けない。資格ものは交換出来る」
「資格ものはサブだったねえ。本当はメインだけど」
「そうだよ」
「じゃ、古代史だけでいいんじゃない」
「食えない」
「あ、そうか」
「じゃ、古代史の知識を利用した別のものをサブで作る」
「盗掘しかない」
「それは駄目だねえ」
「古墳マップをデータ化しているから、怪しい古墳が何カ所かある」
「駄目だよ盗掘は」
「しないけど、実用性と言えばその程度だ」
「じゃ、何ともならないねえ」
「古代史の研究をまとめて、本にする」
「ほう」
「電子書籍で本にして出す」
「あるじゃないか、きっちりとした世に問うシステムが」
「まあ、そうなんだけど、電書は売れないから食っていけない」
「そうか」
「まあ、いいや」
「そうだね。無理することないよ」
「ああ、上手い手があれば、もうやってるから」
「そうだね」
 これは後日談になるが、竹中は古代史の本を電子書籍で個人出版した。
 一年で十七部売れた。買う人がいたのだ。
 
   了




2014年2月3日

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