小説 川崎サイト

 

ホーム炬燵の中

川崎ゆきお


 冬場、黒川氏は一日中ホーム炬燵の中でじっとしている。座椅子の背もたれは角度調整が出来るため、これで昼寝もする。痔にならないように柔らかいが程良い芯のあるクッションも敷いている。
 一日何もしないわけではなく、テレビを見たり、ネットを見たり、本や雑誌も読んでいる。
 平田氏は長く翻訳の仕事をしていたが、今は引退している。その当時の書斎は、そのまま残っているのだが、数年前からリビングのホーム炬燵に移動した。もう仕事をしていないのだから、書斎は必要ではないのだ。
 寄る年波で足腰が弱ったわけではなく、若い頃から出不精で、部屋で過ごすことが多かった。
 平田氏は息子夫婦と同居しており、孫はいない。平田夫人は体調が悪いため、入院中だ。
 そのため、平田氏の世話は息子の嫁がやっている。
 ある日、異変に気付いた。
 最初それは何かよく分からなかったが、徐々にそれらしいものがいるらしいと思うようになった。
 それはホーム炬燵の中にいる。
 平田氏は足を伸ばすと痔になるので、座椅子の上で正座したり、あぐらをかくことが多い。たまに足を伸ばしたとき、触れるものがあるのだ。最初は炬燵布団の何処かに触れているのではないかと思い、気にも留めなかった。そんなことで炬燵布団の横や向こう側を調べるほどのことでもない。炬燵は暖かく、問題は何もなかった。
 独身時代猫を飼ったことがあり、よく炬燵の中に入り込んでいた。その感触に近いが、温かさがない。生き物のそれとは少し違う。
 そんなに気になるのなら、覗いてみればいいのだが、それほどのことではないので、放置していた。
 一日中炬燵の中にいるといっても、食事やトイレで立つこともあるし、書斎から本を取りに立つこともある。たまには郵便受けも見に行くし、煙草を買いにコンビニへも行く。しかし、炬燵での滞在時間は結構長い。病んで布団の中にいることを思えば、楽な話だ。体調も悪くない。
 炬燵の中の異変は三日ほどで収まった。もう何もいない。
 だが、二日後、また足に妙な感触が来る。何かに触れているのだ。
「また来たか」
 心配なら、見ればいいのだ。布団を少しだけ持ち上げれば、炬燵の中の空間は見える。しかし、怖いものを見てしまいそうなので、平田氏は躊躇う。また、謎は謎のままの方が神秘的でいい。さらにそのことで問題が発生しているわけではない。
 それはホーム炬燵の櫓の中央部ではなく、端の方にいる。しかも高さと幅が前回とは違っている。
 そして、いたりいなかったりが半月ほど続いた。気にしなければ、どうということはない。足を伸ばすのは昼寝のときが多い。このときチェックするように炬燵の四隅まで足でまさぐる。いるときは「いるいる」と思う程度だ。
 しかし、気になるときが昼寝後に来た。いつもの形ではなく、長いものがいる。蛇のように。
 これはやはり気味が悪い。
 平田氏は決心し、ついにホーム炬燵の中を覗いた。
 すると、紐が出てきた。その近くに平たいものがある。
 平田氏はそれらを引っ張り出した。
 洗濯物だった。
 嫁が乾きが悪いので、炬燵の中に入れたのだろう。
 洗濯機には乾燥機が付いているはずだ。それでは駄目なのかと平田氏は思った。
 その後も異変が続いたが、もう異変ではなくなっていた。
 
   了

 




2014年2月9日

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