小説 川崎サイト



飛ぶが如く

川崎ゆきお



 坂田は仕事がなかった。そこに客が舞い込んで来た。
「私は値切ったことはない」
「苦しいのです。何とか低予算で引き受けてもらえませんか」
「低予算で頼むから苦しくなるのではないのですか?」
「あのう、お金を支払うのは僕です」
「仕事をするのは私だよ。そんな低予算ではいい仕事が出来ないでしょ」
「品質はそのままで、予算は低く」
「その予算では半分の時間しかさけませんな。ある程度時間をかけないとよい品質にはなりませんよ」
「分かりました。それでもかまいません」
「私はそういうものは作りたくないですね。手を抜くことになりますから」
「そうですか……」
「他をあたってください。うちじゃ、無理だ」
「急いでいるのです。それにお金が……」
「迷惑だ」
「お金を払うのは僕ですよ。あなたに仕事を依頼しているのですよ」
「だったら必要な予算を準備してくださいな」
「それは、先ほど言ったでしょ、予算がないのです」
「予算がなければ来ないでいただきたい」
「分かりました。出しましょう」
「出せるんじゃないですか。そういうのを値切るというのですよ」
「では、よろしくお願いします」
「それは駄目だな」
「どうしてですか。あなたの言い値で了解しましたよ」
「気分が悪い」
「はあ?」
「出せるのに出せないと嘘をついた」
「嘘じゃありませんよ。経費がかさんで本当はもう出せる金額ではないのです」
「それは私の知ったことじゃない。予算配分を間違っただけでしょ」
「予算は準備していましたよ。でも、思わぬアクシデントで予算が……」
「それで相場の半額で依頼して来たのかね」
「はい」
「はい、じゃないよ」
「こんなとき、どうすればいいんでしょうね」
「私はヘルプじゃないよ」
「困りました」
「どちらにしても、相場の価格でもお引き受け出来ません。私は客を選ぶほうでね。値切る客とは取引しないんだ」
「では相場の二割増ではどうですか? 特急仕上げで」
「倍ならお引き受けしましょう」
 客は当然のことながら飛ぶように去った。
 
   了
 

 



          2006年12月4日
 

 

 

小説 川崎サイト