小説 川崎サイト

 

見知らぬ夫婦

川崎ゆきお



 それは遠い時代のある一家の話だ。
「お前もそろそろ嫁を迎えねばならぬ。我が家の跡取りが絶えるのでな」
「はい父上」
「そこでだ。丁度良い具合に縁談がある。組頭の清原様の紹介じゃ、断るわけにはいかぬ」
「断りたくなるような縁談なのですか」
「浅野家の娘だ。悪い縁ではない」
「あ」
「もう分かったであろう。人には好みがある。意外な好みもある。どうだ。お前はどう思う」
「一緒です」
「何が」
「同じ感想です」
「それを言うな、顔など見なければいい」
「はい」
「どうしても、嫌か」
「礼を欠きますが……」
「欠いてもいい。清原様は話せば分かる。それで断って妙なことになることはない。よく出来た方じゃ。いつも私は世話になっておるしな。ここらで恩を返したい。しかし、お前がどうしても嫌なら、その旨伝えよう。清原様も、それなら縁がなかったと思い、許してくれよう」
「しかし、父上の立場が」
「それはいい」
「考えてみます」
「その時間はない」
「ああ」
「顔など見なければいい。後ろ姿を見ておればいい。それに名家浅野家と親戚になる。子が出来れば、私の孫であると同時に、浅野家の孫にもなる。浅野家は没落したとはいえ当家よりも上。お前の将来はそれで決まる」
「しかし」
「嫁ぎ先がないのじゃ。お前が断れば、もうあとはない」
「本気で考えます」
「それがよかろう。声は良い。だが性分に少し問題があるが」
「知ってます」
「その性分、顔よりも悪い」
「はい」
「口が軽く、噂ばかりを立てておる。言いふらすのが好きなのじゃ。悪い噂の出所は全部あの娘から出たようなもの。他家の暮らし向きなども言いふらす。あの口は何とかならんかと思うておったが、嫁にすれば解決する。さすがに我が家のことは言いふらさんだろう。我が家だけが安全になる」
「はい、それは考えようですねえ」
「そうじゃ、乗り気になったか」
「それほど乗りませんが、悪い条件ではありません。あ、いや、悪いです。悪いです。やはり……」
「顔のことは見なければよいと言っておるだろ」
「しかし」
「私の妻、つまりお前の母御じゃ。あの香奈と外で合っても誰だか分からん」
「え」
「もう何十年も香奈の顔を見ておらんかったのでな」
「あ、はい」
「だから、やっていけた。お前もやっていける。私が保証する」
「あ、はい」
 その後、浅野家の娘と祝言を挙げ、そこそこ平穏に暮らせた。
 ただ、嫁も夫の顔をよく知らないようだ。そのため、道ですれ違っても互いにすぐには分からないとか。
 
   了





2014年2月23日

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