小説 川崎サイト

 

静かな部屋

川崎ゆきお



 しんと静まりかえっている。自分の部屋だ。
 竹田は一人暮らしなので、人の気配は最初からない。あるとすれば自分自身の気配だろう。しかし、自分自身で自分の気配を感じることがあるのだろうか。そんな体験を竹田は思い出そうとしたが、出てこない。
 だから、静まりかえっていてもいいのだ。テレビも音楽も消えている。隣近所からの音はある。表を通る車の騒音も、僅かばかり聞こえる。
 だから、音ではない。このしんとした静まり具合は。
 今まで耳鳴りがしていて、それが治まったので、静かになったのではない。
 竹田は外から戻り、部屋に入ったとき、そう感じた。外では友人達と合い、結構盛り上がった。その反動だろうか。部屋がしんとしているのは。
 友人達と共有していた世界と、この部屋の世界とは違う。一寸した同窓会になったのだが、住む世界が各々違ってしまった。
 翌日また学校で合うような関係ではないというより、もう卒業している。
「過去のもの」
 竹田はそれを先ず考えた。外で合っていたあの世界は過去の世界だが、思い出話で盛り上がった。意外と今のことは互いに話そうとしなかった。あまりにも狭い世界のためだろう。学校を出てから狭い世界に入った感じだ。話も同じような職場の人でないと通じないような世界だ。
 その思い出話の世界と、今いる竹田の部屋の世界とが殆ど繋がっていない。仕事も学生時代に思っていたものとは別のものに就いた。そこしか入れなかったのだ。
 それとこの部屋の静まり具合はどう関係するのだろうか。ただの間合いかもしれない。間の何かがないのだ。
 プチ同窓会の帰り道、徐々にその温度は下がり、普段の世界へクールダウンしていったはずだ。だから、テンションが高いまま部屋に戻ったのではない。
「誰の部屋だろうか」
 などと、考えたわけではないが、それに近い。自分の部屋であり、いつもの物が並ぶ自分世界だ。
「ワープ後遺症」
 これかもしれないと、竹田は決断を下した。
 やはり時間が飛びすぎたのだ。そして、どちらの時間にも竹田がいる。それは同じ竹田なのだが、予定されていた竹田ではない。そうなってしまったところの自分がいる。
 つまり、この静まり具合は今の竹田自身に対しての違和感だろうか。これは旅先から帰って来て、馴染みの通りを歩いているときとは反対だ。ほっとするのではなく、不安なのだ。
 この、今の自分の部屋が違和感のある旅先のように。
 しばらくして、そのしんとした空気は消えた。酔いが醒めてきたためだろう。そして腹が減っているのを感じた。
 竹田は冷蔵庫を開けた。中は明るい。何を食べようかと探しているとき、やっといつもの自分に戻り、いつものような雑音に戻り、池の底にいるような静けさも消えた。
 
   了




2014年3月17日

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