小説 川崎サイト

 

窓際の老女

川崎ゆきお



 立花はいつもの喫茶店に入り、いつもの窓際の席に座ろうとしたが、空いていない。珍しいことだ。年に何度かあるが滅多にない。しかし、別に喫茶店に指定席があり、指定券を買ったわけでないので、それは仕方がない。
 窓際は明るい。だから本を読むには都合がいい。そのテーブルは一つ。近くのテーブルは窓から離れているので少しだけ暗い。照明はあるのだが二十ワットほどの暗いものだ。便所の電球のようなものが所々にある程度。やはり窓際からの太陽光が来ないと、この喫茶店での読書はしんどい。文字が読めなくなるほどではないが、目が疲れるし、漢字は読めるがルビが読めない。
 なぜ自分が座る席が空いていないのだろう。立花は奥のテーブルに着いたとき、考えた。
 窓際に老婆が座っている。お婆さんだけでもお年寄りだが、さらに老まで付けると、さらなる高齢婦人となる。この老婆は新顔で、今まで見たことがない。それに席を取られたのだ。
 さらにその近くに立花が次席と呼んでいるテーブルにも高齢女性が座っている。この人は常連さんで、立花が出る時間によくいる。この次席は、この店では二番目に明るい席で、窓際が駄目なとき、立花はこちらに座っている。ところが、その日は両方とも塞がっていたのだ。
 そんなことは滅多にない。その理由の一つは立花はいつもの時間ではなく、少しだけ遅れて来たためだ。その理由は寝坊で、少しだけ寝過ごした。別に起きても用事があるわけではないが、決まった時間に起きたいものだ。その方が一日の時間の流れを把握しやすい。
 たとえは十二時になればご飯を食べる。ところが一時間遅く起きると、昼になってもお腹はそれほど空かない。ずれ込むのだ。または無理をしてでも同じ時間に食べようとするが、やはりある程度腹が空いた状態で食べる方が、何を食べても美味しく頂ける。
 つまり、寝坊すると窓際の席の次席である席に関係してくる。見かけぬ老婆、これは言葉が悪いので老女でもいい、それが座っていても、次席は取れたはずなのだ。なぜなら今次席にいる常連の高齢女性よりも、立花の方が早く来ているからだ。
 そんなことを考えながら、奥にあるさらに暗い席にいる。
 ただ、ここでも本が読めないわけではないので、辛抱するしかない。
「あの老女は何者だろう」
 と、立花は老女を化け物扱いした目で見ている。次席の高齢女性は良いところの家らしく、身なりがいい。いつもよそ行きだ。普段着より少しだけレベルの高いのを着ているのは、医者通いのためだろう。それよりも喫茶店からはタクシーで行く。呼ぶのだ。
 衣服は誤魔化せてもタクシーを常用するのは誤魔化せない。歩けないほどの高齢ではない。それに喫茶店までは徒歩で来るようだ。近くに住んでいるのだろう。
 では、窓際の老女は何だろうか。次席の高齢女性と顔かたちが似ているし、着ているものも似ている。
 男性である立花からすれば、服装の違いなどよく分からないかもしれないが、それにしてもよく似ている。まるで姉妹のように。
 それよりもお年寄り女性二人が窓際の席と、その次席に座っているのを見て、立花は怖いものを感じた。
 決して怖がるようなものではないのだが、同一人物ではないかと。一方が影なのだ。
 しかし、これはあらぬ想像で、翼の広げすぎだ。その気になってよく見ると、やはり一方は目が細く、一方は大きい。さらに背丈も違うし、肩幅も違っていた。
 
   了



 


2014年3月27日

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