小説 川崎サイト

 

菜の花

川崎ゆきお



「菜の花が生けてあるのですよ」
「もう春ですなあ」
「そういう季節の話ではなく、部屋の中に菜の花が生けてあるのですよ」
「生け花でしょ」
「お花の師匠が菜の花を生けたのではなく、誰かが切って来て、花瓶の中に差し入れたものです」
「それが何か」
「不思議なんです」
「どうして? 普通でしょ」
「菜の花を西洋花瓶に生けているが、菜の花だけなんです」
「ああ、あるじゃないですか。薔薇の花だけを花瓶に生けるとか」
「結構大きい目の花瓶でしてなあ。いつもは何もない。花瓶だけです。だから、花瓶の置物です。白くて、つやつやした丸い花瓶でしてねえ。まあ、壷のようなものですよ。だから、この花瓶、鑑賞用なのです。それが驚くじゃありませんか、水を入れ、花を差しておる。しかも野に出ればいくらでもありそうな菜の花ですよ。これは売っているのかなあ、花屋に」
「あると思いますよ。菜の花漬けも売ってますよ。旬の食べ物ですよ」
「それはいいが、水など入れたことのない花瓶に花です。これは私から言えば異変ですよ」
「はいはい。でも特に変なことはないですよ。花瓶に花、しかも季節物の菜の花。普通じゃないですか」
「菜の花の本数も多いです。花は三十ほど咲いていました。真黄色です」
「それがどうして、妙なのですか」
「だって、その菜の花、外に出ればいくらでも咲いている」
「だから、それを切って来たのでしょ」
「そうだと思うが」
「菜の花に関して、何か忌まわしい思い出でも」
「ないです。菜の花には好意を抱いています。好きな花です。かなり」
「じゃ、丁度いいじゃないですか。部屋の中に、そのあなたの好きな菜の花がある。外に出なくても、見ることが出来る」
「違うのです。あれは野の花でしてな。部屋で飾るものじゃない。また、部屋で見るものじゃない」
「ほう」
「中に入れてはまずい花なのじゃ」
「はいはい。ご家族の誰かが、お爺さんを喜ばそうと、生けたのでしょ」
「家族はおらんし、わしの部屋まで入り込む奴などおらん」
「はあ」
「だから、妙だと言ってるじゃないか、さっきから」
「それは」
 
   了



2014年4月7日

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