小説 川崎サイト

 

路地の奥の古本屋

川崎ゆきお



 三好は寂れた町を歩いている。わざとそういうところを選んでいる。なぜなら元気で活気のある町と、今の三好の気持ちが合わないためだ。
 賑やかな場所に出れば、それなりに元気になるだろうが、それは空元気で、すぐに戻ってしまう。
 そんな三好なので、元気のない友人と会ったときは、元気な話はしない。だから励ましたりしない。何ともならないし、また余計な演技を友人にさせてしまうことになるからだ。
 しかし、よく考えると、三好は年中元気がないような気がする。あまり元気を出さないためかもしれない。元気でなくてもこなしていける方がいいのだろう。
 さて、それで狙い済ませたかのような、うらぶれた町を訪ねた。その寂れようを見ていると、妙に落ち着く。これは悪趣味かもしれない。
 生きているのか死んでいるのか分からないような看板。店も開いているのか閉まっているのか分かりにくい。町そのものが休憩していうのだろうか。
 賑やかだった頃の面影のような建物がある。三階建ての古い建物で、その窓を覆うようにビリヤードと大きな看板文字がある。文字の一部が剥がれ、読めないが、おそらくビリヤードだろう。
「ビリやろ」と、読める。最下位、「べった」ともいう。
 ここで遊んでいた青年達は、もう結構な年になっているに違いない。その下の階は個別指導と書かれた学習塾の看板文字。これは窓にテープのようなもので、記されている。一階はクリーニング屋と小さな薬局がある。まだ営業している。町そのものが死滅したわけではない。まだ、この町で暮らしている人達がいるのだ。
 町そのものが寂れても、そこで普通に暮らせているのなら、問題は何もない。
 少し枝道に入ると、長く道路舗装をしていないのか、継ぎ接ぎだらけのアスファルトだ。有力な市会議員がいないのか、後回しにされているのだろう。
 その路地の奥に古本屋がある。これは最初からやる気がないのかもしれない。または昔から、そこにあったのだろうか。
 その前を通るとき、中を覗くが誰もいない。店の前に台があり、文庫本が並んでいる。長く出していたのか乾燥しきっている。まるで本の標本だ。
 三好は若い頃よく読んでいた作者の本を数冊見つけた。これと同じ文庫本を読んだ記憶がある。あの頃は今よりも元気だったかもしれない。
 三好は、その中の一冊を掴み、奥へ入った。
 突き当たりの机にベルがあるのでそれを押す。
 奥で物音がした。家屋から店に向かっているのだろう。
 ギシギシと畳を踏む音なのか、タンスが揺れる音なのかは分からない。
 店との仕切りのカーテンがすーと開いた。
 三好は持っていた文庫本を落とした。
 
   了




2014年4月17日

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