小説 川崎サイト

 

町の拠点

川崎ゆきお



 町の拠点となっている喫茶店がある。
「親父が商店街の会長を一度だけやったんだ。それがいけなかったんだ。そうじゃなければ、こんなところで喫茶店なんてやってないよ」
 オーナーが語り出す。
 最近常連客に愚痴ることが多くなっている。客が少なく、アルコールが入っているときだが。
「十年以上なりますねえ」
「そうだねえ。十年じゃ新しい方だよ。もっと古い喫茶店がいくらもあったんだが、残っているのは少ないよ」
「そんな時期に、どうして喫茶店を始めたのですか」
「だから、親父だよ。下手にこの辺の世話役になったからだよ。まあ、その遺産だな。この土地も建物も。それに人脈もね。でもねえ、商店街の人脈だから、死んでる店が多いんだ。もう親父の代から店を畳み始めていたし」
「僕の子供の頃、こんなところに商店街があるのかと、感じたことがあります」
「感じた?」
「はい。人通りが殆どないような場所なので」
「大きなお寺さんがあるだろ」
「ありますねえ」
「その参道だったんだ、昔は。だから、一番賑やかな場所だった」
「でも駅から離れていますね」
「昔は、そんな駅とか鉄道とかはなかったよ」
「それで、僕もこの町に住んでいるのに、気付かなかったんです。この通りを」
「そのお陰じゃないけど、商店街として、もう終わっていたお陰で、駅前開発の波に乗れたんだ」
「駅から離れていますが」
「文化地区にしたかったんだろうねえ。家屋も古いし、近くの家も古い。取っ払えば大きな建物も建てやすい」
「そうですねえ。大きなホールや施設が固まっていますねえ。ここ」
「そうだろ。高層マンションの下へ行ったかい?」
「はい」
「一階は最新のテナントが入っているだろ。世界中の料理が食べられるよ。昔は大衆食堂かお好み焼き屋しかなかったんだけどねえ」
「はい」
「親父の人脈はその時代のものだから、私の時代は、そういった新しいテナントや、新しい店の人がメインなんだ。だから、下駄屋の親父なんかは無視だ」
「まだ、下駄屋があるのですか」
「この商店街の離れにね、開発を免れた。まだやっている。その横は提灯屋だ」
「僕が思うに、そちらの方が面白そうなんですが」
「そうなんだよなあ。しかし消えゆくところと人脈があっても仕方がない」
「はい」
「それでね。商店街は消えたんだが、まだあるんだよ」
「他から入ってきた人向けですね」
「私のこの喫茶店も、ニュータイプだし開発後だから、折り合いはいいんだ。喫茶店じゃなく、カフェだしね。ここ」
「はい」
「それに地元だし、親父からの人脈もまだあるしで、いつの間にか顔になってしまった」
「この町でイベントをやるなら、このカフェで相談したらいいと、みなさん言いますよ」
「ありがとう。まあ、それがやりたかったんだけどねえ」
「やっておられるじゃないですか」
「そうなんだけどねえ。十年やるとねえ」
「何か」
「静かに下駄屋をやっていた方がよかったと思うことがあるよ」
「え、ここは、下駄屋だったのですか」
「洋品店だ。しかし、下駄も売っていた。何でも屋だ。全く専門性のないね」
「お寺参りにの参道だったからですね」
「鼻緒が切れたときとか、役だったんだろうねえ。大昔は」
「はい」
「それで、何だった。君は」
「はい、イラスト展をやりたいと思いまして」
「あ、そうなの。絵は持ってきましたか」
「はい、竹中さんからの紹介で」
「ああ、そうなの。じゃ、どんどん決めていきましょう」
「はい」
 オーナーが気にしているのは、人脈から離れた人が、寄りつかないと言うことだ。
 これは、愚痴らなかった。
 
   了
 



2014年5月4日

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