小説 川崎サイト

 

大草原の小さな廃家

川崎ゆきお



 また、何もない状態が続いた。と、木村は呟いた。
 仕事が切れたのだ。春先、見事なまでに何もない。多少はスケジュール表に記されたものはあるが、延びるネタではない。付き合い程度だ。これが初夏にある。それ以降のスケジュールは真っ白だ。大平原を見る思いだ。
 しかし例年、そんな状態でも、夏頃仕事が入ってくることがある。そしてそれなりにスケジュール表にも、記すことが増えるようになる。だから、この例年を期待するしかないが、年の末を迎えても、全く何も入ってこなかった年もある。それを思い出したくないのだが、その可能性もあるのだ。
 いっそのこと、初夏にある懇談会のような寄り合いに、行かない方がいいかもしれない。そう木村が思うのは、真っ白なスケジュール表の方がすっきりするからだ。そして、大平原状態の方がかえって気が楽だ。
 懇談会では仕事関係者と会うことになる。これが忙しいほどの仕事があるのなら、意気揚々と行けるのだが。
 今の木村の状態では仕事のある仲間と顔を合わせたくない。
 木村はスケジュール表からそれを消した。
   ★
 その初夏となった。相変わらず木村のスケジュール表は大平原だった。線で消しただけの懇談会は、まだその痕跡を残している。まるで大草原の小さな家のように。
 その当日となった。
 出席するとも欠席するとも、主催者には伝えていない。
 木村は気が変わり、行くことにした。最近は仕事のことなど全く考えていなかったからだ。果報は寝て待てに徹していたのだが、やはり、少しは動いた方が好ましいと考えを変えた。
 懇談会会場は貸し会議室の中ぐらいの部屋だった。
 木村は中に入るが、無人。
 五十人は座れるスペースだ。
 木村は部屋を間違えたのかと思い、ドアの外に出るが、懇談会名がしっかりと記されている。間違いはない。
 そこに、いつも幹事をしている田所が現れた。
「いないですよ。人、田所さん」
「ああ、君だけか、元気なのは」
「どういうことです」
「みなさん都合で駄目みたいなんだ。今、電話しまくっているんだけどね」
「そうなんですか。じゃ中止ですか」
「ああ、元気なのは木村さんだけだからね。一人じゃ懇談会も何もないでしょ」
「そうですねえ」
「しかし、さすがですねえ、木村さん」
「いえいえ」
「元気で何より、生き残っているのは木村さんだけだったとはねえ」
「あ、はい」
 木村も死んでいるのだが、この大草原の小さな廃家を見て、少し勇気付けられた。
 
   了
 


2014年5月5日

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