小説 川崎サイト

 

タコ主義

川崎ゆきお



「人間は利己主義な生き物なのですね」
「主義かね。そんな主義があるのかね」
「はい、他己主義じゃなく、自己主義です」
「タコ主義か」
「自分のことが大事なんですよ。やはり」
「自分のことを真っ先に考えるねえ、確かに。この場合の自分とは非常に情報が多い。人には見せない体の具合とか、抱いている妄想とか。志とか、過去のいろいろな経験や蓄積もね。だから、人のことより、自分のことで忙しいのは当然だろうねえ」
「そうでしょ」
「しかし、一般に言われていることによるとね」
「何でしょう」
「他人に何かを施したり、協力したり、人の面倒を見たり、人に尽くすことも大事だと」
「それは結局自分に返ってくるからでしょ」
「そうだね」
「だから、自分のためなんですよね」
「まあね、周囲とうまくやらないと損をする。自分がね」
「はい」
「それだけのことだ」
「その後はないのですか、師匠」
「後かね」
「はい、その後の深い考察とか」
「では、なぜそんな考察をするのかね」
「それは、自分のためだと思わないと、やっていけないからです」
「じゃ、君は周囲とうまくやっていけていないのかね」
「やっていますよ。かなり我慢して、そうしないと、僕の立場が危うくなりますらねえ。嫌々ながら、やってます。協力したり、愛想良くしたり、他人のために無駄骨を折ったり、汗を流したり」
「だから、君の言うように、それは無駄ではない。そうしないと、生きにくくなるからじゃよ」
「はい、よく分かっていますが、その逆も考えたりします」
「逆とな」
「はい、自分のことしか考えないで、生きている人です」
「だから、それは全員じゃないのかね」
「ああ、そうでしたねえ」
「協力しない、周囲のことは気にしない。その方が生きやすいのなら、そのスタイルになる」
「はい」
「また、人のことも自分のことも、あまり考えないスタイルもある」
「はあ」
「これが一番かもしれんのう」
「何ですか、そのスタイルは」
「だから、自己がどうの、自分がどうのとあまり考えない」
「あ、はい」
「自己なんて、ないのだよ」
「ありますよ。師匠」
「だから、それを考察しすぎないことじゃな」
「ついつい、考えてしまいます。いろいろな局面に出合うと、これは自分らしいことなのか、自分に合っているのかと」
「その自分とは誰じゃ」
「自分です」
「その上は」
「ないです。誰かに憑依されていない限り」
「しかし、人は簡単に洗脳されますぞ」
「はあ」
「自分自身で自分を洗脳する。その方が都合のいい生き方なら、そうする」
「じゃ、どういうのがいいのでしょうか」
「買い物をやっておる訳じゃないぞ」
「はい」
「まあ、つれづれのままよ」
「あまり考えない。自己責任をとらないことですか」
「そういうことも曖昧にしておくのがよろしい。いちいち、理屈をつけないでな」
「しかし、師匠」
「何じゃ」
「何も解決しませんが」
「そういうものよ」
「もう、ここには通いません」
「あ、そう。タコ主義について話そうとしていたのに」
「はい、聞きます」
「タコ主義とは蛸の足のようなもので、あれは頭から出ておる。足ではなく、腕のようなものじゃ」
「師匠、もういいです」
「七本は他人、残り一本が自分じゃな」
「はいはい」
 
   了
 

 


2014年5月10日

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