小説 川崎サイト

 

市民運動

川崎ゆきお



「最近はどうですかな」
「ああ、引きこもってますよ」
「引きこもりですか」
「引っ込んでいます」
「たまには外に出た方がいいですよ。世の中まだ営業していますからな」
「用があれば出るのですが、仕事をなくすと駄目ですねえ。外に出る用事がない。まあ、家でやる仕事でも、外での用事も出来る。今は遊びに行く程度ですよ。外に出るのは。すると、これは、まずいのです」
「まずいとは」
「遊ぶとお金がかかる。電車賃もそうだし、外食もする。仕事をやっておればいいのですが、出る一方だ。外に出ると金も出る。出さないようにするには、外に出ない方がいいって、なってきましてね」
「いやいや、その辺を散歩する分には一円もかかりませんよ」
「いや、それでは楽しくない。やはり、珍しいものを見たり、イベントを見に行ったりとかでないとね。この近所をうろついているだけじゃ、面白くもなんともない」
「それで引きこもりですか」
「だから、用事があれば出ますよ。出ないのは逆に仕事なのです。稼いでいないのだから、減らさないようにする仕事ですよ」
「一円も使わないで、近場をうろうろしている人もいますよ」
「はい、そのうちやってみますよ」
「この近くに川があるでしょ。その淵が公園のようになりましてねえ。昔はドブ川だったけど、今は下水は流れ込まないので、結構綺麗ですよ。それに護岸工事で、ゴミが消えて水も綺麗だ。コイなんなんかを放し飼いしてますよ。かなり大きいです。季節になると鳥が飛んで来てますなあ。これも大きな鳥ですよ。亀も誰かが放したのでしょうかねえ、甲羅干ししてますよ。目から首にかけて赤い種類です。きっと名前があるんでしょうなあ。そういうのを私は見るのが楽しみなんです」
「それでは世捨て人のような感じがしませんか」
「します。します。もう何もやることがなくなったので、そんなことしているような人にね」
「やはり、そんなことでしょ」
「そんなことです。詰まらんことです」
「いや、私は、まだ仕事をやりたいのでね。それを待っています」
「そうですか。僕は仕事もなくなりましたので、本当にやることがない。だから、そんなことが出来るようになったのです。これは特権ですよ」
「なるほど、誰にでも出来るが、その心境にはなりにくい事柄ですねえ」
「そうです。なくしたからこそ得られる世界もあるのですよ」
「あなた、水鳥や亀が好きなのですか」
「いいえ、特に。鳥の名も亀の名も知りませんし、調べるつもりもありませんよ」
「護岸工事で、コンクリートで囲んでしまい、自然が……」
「亀もコイも、鳥も来てますよ」
「私は、やることがいよいよなくなれば、市民運動に参加したいと思っています」
「あ、そうですか」
 しばらくして、二人は公園で再会した。
 引きこもっていた男は大勢の中に混ざっている。何かの団体のようだ。
「これは何の団体ですかな」と、彼は聞いてみた。
「運動の会です」
「はあ」
「市民運動同好会です」
「スポーツですか」
「はい、体操や太極拳なんかを。また、歩くより遅く走る分会もあります」
「あ」
 
   了
 

 


2014年5月13日

小説 川崎サイト