小説 川崎サイト

 

夢の感想

川崎ゆきお



「最近、どんな夢を見ましたか」
「見ないときはとんと見ないのだが、見るときは続けて見ますねえ」
「その夢を見ての感想は?」
「最近ですか」
「はい、最近見られた夢の感想です。中身はいいですから」
「聞きたくないと」
「そういう意味じゃありません」
「他人の夢の長話ほど退屈するものはありませんからねえ。まあ、社長が社員に話すのなら、嫌でも大受けしながら聞かないといけませんが」
「だから、そういう話を聞くのが邪魔臭くて言っている訳じゃありません。感想を聞きたいのです」
「惜しいですかな」
「惜しい」
「懐かしさよりも、惜しいです」
「惜しいことをしたの、惜しいですか」
「それとは、ちょっと違います。だから惜しいじゃなく、残念とか、もう戻れないなあ……とかの感想です」
「そうですねえ。昔には戻れませんよね。十年前も無理だし、昨日も無理です。ただ、昨日の場合は、多少変更し直せることもありますがね」
「旅行に出てました。その夢です。よくあんなところまで出かけたなって……ご心配なく、どんな場所へ行ったとか、エピソードは語りませんから」
「夢で過去を振り返ってしまったわけですね」
「そうです。それが昨日行った旅行なら、いや二年前でもよろしい。それなら、もう一度行ける。同じコースをね。しかし、二十年前の旅行は、もう無理です。体力的に」
「はい」
「足に豆が出来るので、もうあの距離は歩けない。口惜しいのです」
「ああ、はい」
「以前なら、そういう思いのときは、そこへまた行ったりしました。この年になると、もう現地を踏めない。ヘリコプターでなら行けますが、それでは違う」
「まあ、小学生でも、幼稚園で遊ぶことはもう出来ませんが」
「でも、行こうと思えば行けるでしょ」
「そうですが」
「やろうと思えば繰り返せることが出来ないというのを夢で知らされました」
「繰り返したいですか」
「ああ、それはちょっと……。やはりあの年代でないと駄目でしょう」
「じゃ、行く気はないと」
「はい、しかし、行けないというのが残念無念でしてねえ」
「しかし、行く気はないのでしょ」
「ないです。しかし、何かの勢いで、行ってもいいか、とは思います。再現にはなりませんが、自分史探訪、自分史紀行のような感じで」
「それはいいですねえ。だったら、その夢を見たのをきっかけに、行ってみられてはいかがです」
「いや、僕は過去を懐かしむ趣味はないので」
「そうですか」
「夢の中身よりも、感想の方が大事なのですかな」
「そうです。きっとあなたは失ってしまったものとして見られたのでしょうねえ」
「そうです。夢そのものは楽しかったですよ。それでいい気持ちで起きてきたのですが、そこからです」
「そこから、感想が始まるわけでしょ」
「そうです。あの夢は楽しかったが、もう出来ないのだと思うと寂しくなりましたよ」
「夢はその人の解釈次第です」
「だから、感想が大事だと」
「はい、ただこれは一つの説でしてね。しっかりとしたものではありません。それに、夢はまあ、夢ですから、夢のことを話すのも、まあ夢のようなものでしょうか」
「役立ちますか」
「役立ちません」
「しかし、夢を見た後で起こる感情は如何ともしがたいですなあ」
「そうでしょ。それが感想の世界です。」
「映画よりも、映画の感想の方が面白いようなものですか」
「夢はご自分で解説するようなものです」
「しかし、それを聞くと、夢を見るのも、楽しくなるやもしれません」
「はい、いい夢を」
「ありがとうございました」
「いえいえ」
 
   了
 

 


2014年5月24日

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