小説 川崎サイト

 

金猿

川崎ゆきお



「ここはそんなものだよ」
 ある年寄りが駅前で、そう呟く。一日三回ほど、この辺りを周回している散歩人だ。地元の隠居さんだ。
 その隠居さんに先ほどから質問を連発しているスーツ姿の青年がいる。
 老人は名刺に記されているコンサルタントかマーケティング云々の文字を見たのだが、何も言っていないように思えた。つまり、相手が誰なのかが、その肩書きでは分からないのだ。いっそコンサルではなく金猿なら分かるのだが。社名を見るが英語だ。老人はローマ字読みしてみるが、思い当たるような意味のある単語が見つからない。
「結局何を調べているのですかな」
「はい、データでは出ないことは分かっているのです。だから、人に聞くのが一番だと上司に言われまして。まあ、データはフォローのようなもので、最後の背中押しです」
「だから何の調査なのですかな」
「あなたに聞くのが一番だと、駅員さんに言われましてね」
「自動改札なんで、駅員など奥にすっこでるはずだが」
「いえいえ、普通の切符の人も改札を使いますので」
「それで、何の調査ですかな」
「飲食店です」
「ああ」
「どうです」
「駄目でしょうなあ」
「大学があります。住宅が多いので、乗り降りする人も、結構います」
「飲み屋は七軒あるぞ」
「ああ、さすがですねえ」
「全部行っおる」
「あ、はい。もう一店、増やすのは、どうでしょうか」
「十軒以上ありましたよ。以前はね。減る一方なんでなあ、増やすもなにも」
「つまり、その七店の店の客を取ればいいんでしょ」
「それは無理だ。いずれも常連客でな。それで持っとる。その店に行き辛くなった奴が集まっておる店もある」
「大学があるのですが」
「ああ、それは多国籍料理店にたまに来ておるが、常連じゃない。あの学生らは学食じゃな。立派な学食がある。それがなくなれば、話は別じゃが、学生は当てにならん。一気に団体で押し寄せるかと思えば、数ヶ月来んらしい。これは多国籍の店のマスターがぼやいておった」
「そこの元気の出る居酒屋は」
「大将の元気が出んようになって閉まっておる。七軒から六軒に減るやもしれん」
「じゃ、その一店の代わりに、新規が入れますね」
「いや、あの店は大将の顔で持っておった。独立系でな。そこの客は他には行かん」
「はあ」
「球団ファンの溜まり場だからな。他の客は寄りつかん。最初から。あそこは大衆食堂から焼肉屋になり、最後は居酒屋じゃ」
「でも、一見さんが」
「いるが、僅かだ」
「駅の前にある喫茶店は?」
「わしが見た限り、店は四回変わっておる。半年持たん。数年シャッターが閉まったままで、また違う店として開くが、それもすぐに閉まる。今は開いておるが、まだ二ヶ月。そろそろじゃな。知らぬはオーナーだけ、いと哀しじゃ」
「駅前の喫茶店、人が入るでしょ」
「入らん。朝、年寄りが三人来る程度じゃ」
「内装を変えてもですか」
「何をしても無駄」
「居酒屋系にすればどうですか」
「この駅前では何をしても駄目なんだよ。来る人は限られておる」
「先ほどの元気の出る居酒屋ですが、大学へ向かう通りに面しています。駅とも近いです。ここはどうなんですか」
「あそこはねえ、土地は別の人が持っておる。その横に大きな屋敷あるだろ。あれが貸しているんだ。土地だけをね。その顔色がある。下手な奴には貸さん」
「でも、建物まで取り壊さないでしょ」
「それより、そんな調査をして、どうするの」
「頼まれたものですから」
「誰に」
「それは内緒です」
「そうなのか。しかし、わしから聞き出そうとしたのは、いいことじゃ。知恵のある上司がいるんだねえ」
「いえ、駅員さんから」
「偶然か。まあいい」
「あのう、まさか……」
「何だ」
「元気の出る居酒屋の土地を貸している地主とは……」
「ああ、わしじゃ」
「失礼しました」
「あの店の後釜を狙っていたのかね」
「いえいえ」
「まあ、いい。これも縁だ。気が向けば訪ねて来なさい」
「はい、よろしくお願いします」
 老人は立ち去った。
 老人は、その名刺の電話番号へかけた。しかし、使われていませんとなっていた。
 コンサル青年は、地主の屋敷を訪問した。
 そんなお爺さんは住んでいないとか。
 
   了
 



2014年5月27日

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