小説 川崎サイト



湯豆腐

川崎ゆきお



「不正がバレそうでね」
「私は会社へ行っていないのがバレそうで」
「僕の場合は犯罪になる」
「バレなければいいんでしょ」
「チンコロだな」
「食べるんですか?」
「密告だよ」
「タレコミですね」
「注文するのかね」
「タレを、こう、ぶっかけたような……」
「あんた、そんな冗談が言えるだけましだよ。会社へ行ってないことバレた程度では罪は軽い。いや、そもそも罪じゃない。僕は前科がつく」
「まだ、バレたわけではないのでしょ」
「時間の問題だな」
「内部で処理するんじゃないですか」
「そう願ってる。しかし、首だろうな。体よく自主的な退社でね」
「大変ですねえ」
「まあ、それで家も買えたしね。会社も儲けさせたよ。みんなやってるんだ。それが常識なんだ。被害者なんていないんだよ。みんなそれで潤ったんだよ」
「私はしがない平社員でしたから、想像出来ない世界ですよ」
「で、あんたどうして会社行かないの」
「色々ありましてねえ。でもその色々のなかにも入らないような事情ですよ」
「そうなの。想像出来ないけど」
「何か注文しましょう」
「さっきのタレコミいってみようか」
「ないですよ、そんなメニュー」
「だね」
「この季節は湯豆腐が」
「いいねえ」
「この店の湯豆腐、桧の湯船に豆腐が浸かっているんですよ」
「それは豪華な」
「お宅のような役員にもなれば、料亭で美味しいもの、普段から食べているのでは」
「料理どころじゃないよ、あんた。こうして自腹で食べてこそ味わえる」
「きっとバレないですよ、穏便に処理してくれると思いますよ」
「いや、覚悟はしておかないとね」
「私も、バレたときの覚悟をしておきます」
「みんなそうなんだろうね」
「何がです?」
「命取りの心配ネタ抱えて生きてる」
「ですね」
「僕も湯豆腐になりたいよ」
「ぬくぬく過ごしたいものですねえ」
「だね」
 
   了
 



          2006年12月19日
 

 

 

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