小説 川崎サイト

 

一眼レフデジカメ

川崎ゆきお



「いろいろと思うことがあるのですが、忙しくて思っている暇がありませんねえ」
「多忙でなにより」
「用事をこなしながら、考えてはいるのですが、じっくりと考えたり思ったりすることがないですねえ」
「目先のことばかり、という感じですか」
「いやいや、数手先まで考えていますよ。そうでないと、一つのことで手間取ると、押してきますからねえ。遅れが出ます」
「僕なんか、デジカメを買うだけで、家電店の周りの喫茶店を何軒も梯子しますよ。どれがいいのか、どれが本当に買うべきものなのか、買っても使いきれるだろうかとか」
「何軒ですか」
「ああ、喫茶店で一人ミーティングする店の数ですか。それは物にもよりますよ。決まるまでです。一応決まったので、出るのですがね。店員を呼ぶ前に、駄目なんです。詰めが甘いことに気付いた。物は良くても駄目なんです。本当に欲しいのか、本当にこれ買ってと自問します。それで、決められず、また喫茶店で一人御前会議です」
「暇なんですなあ」
「はい、その日は、まあ、他に予定はないし、帰ってから寝るだけですがね。しかし、明るいうちに帰り、充電して、明るいところで写してみたい」
「ああ、デジカメって、充電しないと使えないのですなあ」
「乾電池式もありますよ。少ないですがね。それなら、その場で写せます」
「ほう」
「だから、その日は、家を出る前から、何が良いのか、ずっと考え続けていますよ」
「そういえば私もデジカメを持っていますが、使ってませんねえ。使う機会があると思い、買ったのですがね。写している暇もないですよ」
「何を買われました」
「覚えていませんが、でかいやつです」
「レンズ交換が出来るタイプですね」
「さあどうだったか」
「値段は」
 結構な値段だった。
「じゃ、一眼レフですよ」
「そうなんだ。あまり考えないで、進められるまま、買いましたよ」
「写す機会がないのは、重くて持ち出しにくいからですよ」
「いや、それ以前に写す機会がないのですよ。でも、一応持っていますからね。写そうと思えばいつでも写しに行けますよ」
「旅行とかには」
「ああ、持って行きまません」
「重いからでしょ」
「ケータイがあるので、それで不便しないし」
「ケータイで写します?」
「え?」
「だから、ケータイに付いてるカメラで写します?」
「写しません」
「どうして」
「写すような物がないのでね」
「ああ、そうですか」
「しかし、あなたのように、そんなどうでもいいようなことを真剣に聞いたり、考えたり出来ることが羨ましいです」
 といいいながらも、こういう会話そのものが無駄な時間なのだが、いくら忙しくても、歩きながらなら話せる。
「私は地下鉄です」
「僕は私鉄の方です」
「じゃ、ここで」
「あのう」
「何ですか」
「その使っていない一眼レフデジカメなんですがね」
「いいですよ。安くお譲りしますよ」
「じゃ、連絡します」
「はい」
 それを買い取る道筋をつけたこの男は、非常に大きな仕事をしたことになる。
 
   了
 

 
 
 


2014年5月30日

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