小説 川崎サイト

 

浮かぬ顔

川崎ゆきお



「浮かぬ顔だな」
「こんな顔なので」
「それは損だな」
「はい、損です」
「気持ちが沈んではおらぬか?」
「今ですか」
「そうじゃ」
「ふつうです」
「ふつうでそれか、標準が浮かぬ顔か」
「はい、まあ」
「気持ちと顔は別なんだな」
「そうかもしれません」
「気持ちが顔に現れるというのは嘘なんじゃな」
「さあ、それは、どうですか」
「だって、君はいつも浮かぬ顔じゃないか。そんな気持ちでいる訳じゃないだろ」
「はい、そうです」
「では、ウキウキしたときの顔はどうなる」
「顔は浮きません」
「張り切ったり、喜んだり、などの顔はどうなる」
「あ、目が多少大きくなったり、喜んだときは、目が三日月のようになるかと」
「じゃ、変化はしておる。それで、浮かぬときはどんな顔になる」
「眉間に皺が寄ります」
「ううん、それでは単純な合図を送っているようなものだなあ」
「いえ、別に、そんなもの送る気はありません。自然とそうなるんでしょうねえ。いちいち鏡で見ていませんから、よく分かりませんが」
「気持ちが顔に出ぬか?」
「出ていると思いますが」
「しかし喜んでいるときでも、その浮かぬ顔から、それほど変化はないのだろ」
「はい。眉間に皺が寄らなくても、浮かぬ顔に見えてしまうようです」
「困ったねえ、分かりました。それにふさわしい部署に行けるようにしましょう」
「ありがとうございます」
「気持ちのこもった表情というのは当てにならんようだ」
「はあ、何ですか」
「君を見ていると、感情と表情は別なようだ」
「あ、はい」
 彼は浮かぬ顔をした。しかし、表情から受ける感じは変わらない。
 
   了
 

 
 


2014年6月6日

小説 川崎サイト