小説 川崎サイト

 

穏やかな日々

川崎ゆきお



 同じようなことが続く穏やかな日々を過ごしていると、それは平穏でいいのだが、この平穏、平熱だとすれば、少し熱が出た方がいいかもしれない。
 風邪などを引き、熱でしんどく、寝汗などをかくのだが、朝、起きてみると熱が下がっているときがある。このときの朝は平熱なのだが、結構爽やかなのだ。風邪が抜けたこともあるが、いつもの体温のありがたさを感じるのかもしれない。
 それと同じように、半日ほど日常が崩れるほど、大変な場を踏み、大汗をかいて、戻ってきたとき、憑き物でも落ちたような気になる。
 平穏な日常により効果を与えるためには、そういった荒っぽいことをたまにやるのも好ましい。ただ、無事に帰還でき、日常に戻れる範囲内の。
 引きこもりがちな大村は、その作戦を知っていたのだが、あまりにも平穏なお湯に浸りすぎ、そこから出るのが怖いような気がしてきた。何か違うことを起こすのが面倒なのだ。これは尻に火がつき、差し迫った理由があれば別だが、平穏に、静かに、おとなしく暮らしているため、自分が火種になるようなことも少ないため、何かを起こす必要がないのだ。
「そこが違うんだよ、大村君」
「え、どこが」
「のんびりとした暮らしをより効果的に、さらにのんびりしたいのなら、荒事をたまに入れるべきなんだ。これは効果があるよ。平穏な日常が、より平穏に感じられるからね」
「それは分かっているんだけど、何をすればいいの。自分から進んで災いを作るの?」
「いや、そうじゃない。災いではなく、普段とは違うことを半日か一日やればいい」
「たまにするけど、あまり効果はないよ」
「人と合うことだ」
 しかし、大村は人と接触するのが面倒なので、引きこもっているのだ。そのことで、今の平穏さがある。
「誰に合うのかな?」
「僕じゃないよ。僕はたまに来ているから、日常の中でしょ」
「そうだなあ。じゃ、誰だろう」
「危険な人物、苦手な人物がいい。いっぱいいるだろ」
「いるいる沢山いるよ。そのネタには困らない」
「そういう人と合うんだ」
「それで、よくなるのかな」
「日常のありがたみがさらに増す」
「駄目だよ。人と合い、嫌なことがあると、ずっと残るんだ。逆効果だよ」
「そうとも限らないさ。長く合ってないなら、相手も違ってきているから」
「本当かなあ」
「だから、それが分からないからいいんだよ」
「え、何が分からないから、いいって?」
「だから、相手の反応が予測出来ないからいいんだ。苦手な相手は、苦手なままかもしれないし、そうでないかもしれない」
「はあ」
「物はあまり変化しないし、風景なんて、ちょっと違っていても、あまり効果はないんだ。やがり人だよ。人」
「怖いよ。反応が」
「だから、安全なところばかりだと、安全だから、いけないんだ。まあ、普段はいいけどね。うまく行くことが分かっていることだろ。それじゃ駄目なんだ」
「博打みたいな」
「どっちに出るかが分からない、やってみないと分からない不安定な場に出なさい」
「偉そうに」
「いやいや、本当のことだから」
「それで、今以上に、穏やかな日常が過ごせるの」
「そうだよ。やはり引きこもって、静かに暮らせていることが一番だって、確信出来るから」
「分かった。やってみる」
 大村は、疎遠になっている苦手な友人を訪ねた。相手は非常に驚いた。予想外の客だったためだ。大村は自分を避けていると思っていたのに、その大村から来たためだ。その友人は歓迎した。
 大村も意外だった。嫌な相手だったのだが、好意的なのだ。どう出るか不安だったが、それが消えた。
 大村は調子に乗り、行きづらくなっていた店や、借金以外では行ったことのない叔父の家も訪ねた。まだ、お金は返していないのだが。
 すると、その叔父は厳しい顔をしていたが、今日は借金ではないことを知ると、少し態度が変わった。大村の小さい頃の話などをして和んだ。
 その後、仕事先を紹介してくれそうな人がいるので、とその名刺をもらった。
 そして、半日のシナリオのはずが、ついつい調子に乗って、いろいろなところに出かけた。
 数日後、逆に穏やかな暮らしぶりに効果を与えるものではなく、その種の引きこもりから脱したのだ。
 より楽しく引きこもるための行動だったが、失敗したことになる。
 そういうことを進めた友人が木村を訪ねた。
「どうだい効果は」
「失敗した」
「え、引きずるようなことをしたのか」
「ああ、来月から働きに出ることになった。失敗だ」
 その友人は、少し悲しそうな顔をした。
 
   了
 
 


2014年6月7日

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