小説 川崎サイト

 

疑似迷路

川崎ゆきお



 久しぶりに行ったような町は迷いやすい。よく知っている町でもそうだ。その町をすべて把握していたわけではないためだろう。その頃通っていた道筋程度で、それを覚えていても、印象が違っている。
 竹中は以前、狐塚という地名の場所で迷い込んだことがある。その横は赤塚だ。まだ農家が残り、狭い村道が複雑に走っていた時代だ。同じところをぐるぐる回っているだけなのだ。抜け出せないわけではない。ただ、意志はそれをしない。なぜなら、その道で合っていると思いこんでいるためだろう。その町というか、村は一度ぐらいは通り過ぎた程度の土地勘しかないので、本当に迷ったのだ。
 かなり経ってから、地図で調べると、もう狐塚や赤塚の地名がない。町名変更され、二丁目とか三丁目になっていた。これは本当に人を化かす場所だったに違いない。旧町名はそれで名を変えたのだろう。
 さて、そういう町ではなく、昔、毎日のように来ていた繁華街のある町でも、年月を経てから行くと、それに近い迷い方をする。迷路のように複雑な場所ではないが、印象が違うのだ。
 その賑やかな通りにはアーケードがある。その下を歩いている限り、間違いはない。迷いようがないのだ。
 しかし、竹中は迷ってしまった。目的地は橋を渡って左に入ったところにある。ただ、橋の上にはアーケードはないが直進すれば何の問題もないはずだ。当然竹中は普通に直進した。人が多い。その人波に押されたり、避けたりしても、別の道に入ってしまうようなことはない。当然だ。一応前を見て歩いているのだから。
 橋を渡って次の道で左……なのだが、次の道がなかなかこない。記憶ではそんなに長くは歩いていない。では、あの道を通り過ぎたのかもしれない。それにしては、さらにその次の枝道もあるはずなのだが、遙か先にあるのか、人の頭が邪魔してか、見えてこない。
 竹中は方角を間違えたのではないかと、一瞬思った。アーケードは二つの駅から行ける。北の端近くと、南だ。出発点を間違うと、後はすべて謎の町になってしまう。そうあるべきものが、当然ない。
 町並みが宙に浮いたように不安定になり、この世の町ではなくなる。あり得ないレイアウトの町になるのだ。
 竹中はやっとそれに気付き、北と南を逆転させた。すると、いつもの馴染みの通りがしっかりと刻まれ出した。これで、地に足が着いた。
 ここは、以前体験した狐塚ではない。間違いによる錯覚なのだ。
 錯覚すれば、頭の中のマップがおかしくなり、町もおかしくなる。
 思い違いが町そのものを迷宮にしてしまうのだろう。
 
   了
 
 


2014年6月9日

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