小説 川崎サイト

 

山おろち

川崎ゆきお



「以前は出来て、今は出来ないことが多いですなあ」
「それはお年で体力的にですか」
「そうですなあ。気がつけば出来なくなっている。いや、無理にやろうと思えば出来るんだけど、昔のようにはいかない」
「はい」
「あの山」と、老人が指差す。かなり遠くに山が望める。
「山登りですか」
「昔はあの頂、一番高いところですがね、あそこまで登り、山の向こう側へ降りて戻ってきた。最後に登ったのはいつ頃だろうかねえ。まだ若い頃だったと思うねえ。山登りの趣味はないので、登ったのはその頃だけかな。何度か行ったよ」
「はい」
「友人の武田はねえ。よく登るらしいよ。朝からリュックを背負ってね。あいつは山歩きが趣味なんだろうが、若い頃はそれほど行っていたようには思えないから、老けてからだろうねえ。あいつは車が好きで、ドライブによく連れていってもらったよ。それがいつのまにか歩くようになった。きっと健康のためだろうねえ」
「そうなんですか」
「君は武田のことは知らないだろ」
「はい、存じておりません」
「武田が、どうして山歩きを始めたのかというとね」
「健康のためでしょ」
「山おろちを探すためだよ」
「はあ」
 老人は微笑んだ。薄気味悪い微笑みだった。
「ヤマオロチ?」
「山蛇だよ」
「マムシとか」
「マムシなら珍しくはないよ。そこの河原にたまに出るだろ。雑草が多いんだ」
「見ました。マムシ注意って立て札」
「だから、わざわざマムシを探しにあの山へ入るんじゃないんだな。武田は」
「山おろちってなんですか。別の種類の蛇ですか」
「ツチノコのようなものさ」
「久しぶりに聞きます。ツチノコ。しかし、捕獲例は未だにないですよね」
「山おろちはヤマタノオロチの超マイクロ版だ。カマキリほどの大きさらしい」
「頭が八つほどあるあれですか」
「怪獣映画キングギドラのようなものさ」
「知りません。そんな映画」
「武田は山おろちがいるといって、月に何度かあの山を歩いておる」
「あの山の山おろちは有名なのですか」
「いいや、誰も知らん。言ってるのは武田だけだ」
「はあ」
「羨ましいよ」
「武田さんがですか」
「そうだ。理由はどうあれ、山歩きが出来る。私はそんな元気はない。歩くだけじゃつまらんしね。竹田には用事がある」
「山おろち捕獲ですね」
「おるわけがない」
「あ、はい」
 
   了
 

 



2014年6月19日

小説 川崎サイト