小説 川崎サイト

 

珈琲診断

川崎ゆきお



「朝の珈琲で分かるんです」
「何が」
「体調がです」
「ほう」
 それ以上この聞き手は聞きたくないようだ。何とかその話を引っ張りたくないのだが上手い手が浮かばない。
「朝は毎日喫茶店で珈琲を飲みます」
 話を続けられてしまった。
「その喫茶店は専門店でして、夕べの残り物じゃない。朝は朝で一番に入れた珈琲だ。この品質は安定しておる」
「今朝は暑かったですねえ」
「珈琲は暑いのに限る」
 止められない。しかし、天気の話もしたくない。ただ、珈琲の話よりはましだ。
「その入れ立てのホットコーヒーを一口飲む。この味が美味しければ体調が良い。ただ、美味しいにも色々ある。特に珈琲は香りが大事だ。鼻だね。鼻が詰まっているときや、水ばなが出ておるときはそうはいかない」
「最近風邪を引きましたか」
「珈琲と風邪とは関係はないが、風邪の諸症状が出ておるときは、やはり味と香りで分かる。今一つ美味くない。美味い珈琲とは、すなわち体調なんだね。ただ、これは毎朝、そのコーヒーを飲んでいないと駄目だ。同じ豆で同じ作り方のね。その専門店を私は信頼している。きっと同じものを出すことを。しかし、朝一番だよ」
 風邪の話にならない。しかし、聞き手は風邪の話も、あまり聞きたくない。
「胃だね。胃が良いときは珈琲も美味い。だからこれで胃腸のコンディションも分かる。昨夜ややこしいものを食べなかったこともね。胃は敏感だ。すぐに何か言い出す。だから、珈琲の味にも関わる。それらのことを朝の一杯の珈琲、いや、一杯分もいらない。一口でいい。それで分かる」
「では食事も美味しいということですね。最近何か珍しいものを食べに行かれましたか」
「食事のあとの珈琲も美味い。しかし、これは胸焼けなどに効くので、普通のお茶でもいいのだがね。しかし洋食にはやはり珈琲だ。食後、それを飲むことで、ネチャネチャしていた口の中がすっきりする」
 やはり、珈琲に持って行かれるようだ。
「あなたは、珈琲が好きなのですか」
「いいや」
「好きではないと」
「いいや、好きでも嫌いでもないかな」
「しかし、専門店で朝一番の入れ立てを」
「だから、体調を見るバロメーターとして飲んでおるのだ」
「要するに体調の話なのですね」
「そうだよ。珈琲の話じゃないよ」
「それで、今朝はどうでした。美味しい珈琲でしたか」
「可もなく不可もなし」
「はい」
「美味しいと油断する」
「油断」
「体調が良いときほど注意が必要なんだよ」
「はい」
「コーヒが不味いときは、その日一日気をつける。大人しくしておる。これはこれで心配でよろしくありません。だから、可もなく不可もない珈琲の味が一番だわ」
「はいはい」
 
   了




2014年6月29日

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