小説 川崎サイト

 

怖い人

川崎ゆきお



「今朝は集まりが悪いようですねえ」
「雨が降りそうだからでしょ」
「まだ、降ってませんよ」
「そのうち降るとか」
「天気予報だと、午後に雷雨があるかなしか程度です」
「あなた、天気予報を見て、ここに来ましたか」
「はい、朝は必ず見ます」
「まあ、いろいろ事情があるのでしょ。雨は降っていなくても、こんな曇天だと調子が悪い人もいますよ」
「そういえば客も普段より少ないですねえ」山田は喫茶店内を見渡す。
「自転車置き場を見ましたか」
 ショッピングビルにある自転車置き場だ。
「半数以下です。いつもの」
「やはり雨の影響ですよ」
「降ってないのになあ」
 と、山田は不満顔だ。
「山田さん」
「はい」
「あなた、この天気、気になりませんか」
「なりません」
「あ、そう」
「何か?」
「今朝は出たくないとか」
「ありません。あなたは?」
「私ですか。私は出ようかどうか迷いましたよ。雨が降る前の鬱陶しさがあるでしょ。頭が重い。これがやがて痛くなる。また、息苦しくなってくる。今朝はまだそこまでいってませんが、やはり動くのが嫌になる。だからって、部屋の中でくすぶっていると、余計鬱陶しい。それに私はこの朝会の幹部ですからねえ。誰か顔を出していないとまずい。それでまあ、無理というわけではないが、一応使命感があるので、出て来たのですよ」
「僕は普通です」
「しかし、他の客を見て下さい。客の少なさは尋常ではない」
「空模様が、こんな影響をもたらすのでしょうか」
「もたらすねえ。それだけとは思えません」
「じゃ、他に何か理由でも」
「梅雨時の鬱陶しさだけじゃない現象かも」
「はあ?」
「今朝は出ては行けない日なのかもしれません」
「何ですか、それは」
「私はねえ。山田さん」
「はい、何でしょう」
「人の動きに敏感なんだ」
「はあ」
「この集まりだけじゃなく、一般の客も少ない。これは小動物が何かを警戒して、出たがらないのではないかと」
「いや、僕は小物ですが、小動物ではありません」
「普段の四分の一の出足です。客のね。おそらく外に出ている人も、そんな割合ではないかと思われる」
「何が言いたいのですか」
「これは異変の前触れかもしれませんよ」
「大雨が降るなんて、聞いてませんよ。予報でもやっていない」
「天地異変だけじゃないのですよ。山田さん」
「大地震でもないと」
「はい、今朝は何かややこしいことが起こっているのです」
「何が起こっているのですか」
「分かりません」
「はあ」
「我々には窺い知れない何かが動いているのでしょうなあ。目に見えない、または感じられないけど」
「何ですか、それは」
「この地上、天地、我々だけが住んでいるわけじゃない。動植物を含めてね」
「まさか異世界の」
「良いところを突きましたよ。山田さん」
「お盆なんて、地獄も休みらしいですし」
「我々が知っている世界など、ほんの僅かなのです。人間の頭で感知出来ることはね。感知出来ない世界もあるのですよ。山田さん」
「何を言い出すのですか」
「しかし、人には一寸した能力がありましてね。これが作動したのでしょう。おそらく作動していることそのことも知らないでね。だから、出足が悪いのです。動きが鈍いのです。猫が静かにじっとしているようなものです」
「何が起こるのでしょうか」
「起こっても、分からないでしょう」
「あ、村中さんが来ました」
 この話題は、ここで終わった。
 山田は、この幹部、怖い人だと、そのとき思った。
 
   了
 

 


2014年7月2日

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