小説 川崎サイト

 

今はもう秋

川崎ゆきお



 宇楼崎を越えると宇楼の浜が見える。私の足の裏は、もうすでに海砂を踏んだような感触となっていた。
「そこまでです」
「何がですか」
「どんな話が始まるのかは分かりませんが、ここまでです」
「まだ、何も語っていませんが」
「ずっとその感じでしょ」
「はい、風景と私との感触を書き連ねた物語です」
「長いのですか」
「かなり」
「浜でどうなります」
「貝殻を広い、耳に当てると、いろいろな声が聞こえてきます」
「いっそ、法螺貝でも吹いた方がいいでしょう」
「静かな話なのです」
「それから?」
「海草が女の髪の毛のように私の足に絡んできます」
「あ、そう」
「海水浴は夏です」
「そうですねえ」
「話の中では秋です」
「はい」
「夏の思い出が、まだかすかに残った砂浜」
「はいはい」
「私はそこで女性の幻を見ます」
「年齢は」
「二十歳前後」
「誰ですか」
「分かりません」
「で、どうなるのです」
「見ただけです」
「だけ」
「はい、見ただけで、そのシーンは終わります」
「後で出てきます?」
「出ません」
「読んでみてもいいのですか、何か残りますか」
「ああ、余韻が」
「あ、そう」
「どうです、いけますか」
「まあ、いいんじゃないですか」
「ありがとうございます」
「誰もいない海、誰も見ない小説。それも乙なものですよ」
「はあ」
「いや、誰も読まない小説も、いいんじゃないですか」
「さあ」
「不本意でしょうが、そういうのも落ちている。何かの拍子で読むかもしれません」
「拍子」
「はい、タイミングです」
「ありがとうございました」
「いやいや、礼を言われる程じゃない。不本意でしょ。お互いに」
「はい、満足は得られませんでしたが、私の小説を読んでいただけただけでも」
「いや、読んでません。聞いただけです。エピソードを」
「あ、はい」
「私は長く小説を書いてきました」
「はい」
「あなたの時期、悪い時期じゃない」
「時期?」
「そういう小説ですよ。誰も読まないような。悪くないって言ったでしょ」
「はい」
「私もそういう状態のままいたかったのかもしれません。その頃が一番楽しかったですからね」
「そうなんですか」
「読まれない」
「はい」
「それも大事なんです」
「意味が分かりません」
「私もです」
 
   了
 


 


2014年7月6日

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