小説 川崎サイト

 

雨蛙

川崎ゆきお



 雨季、雨が降っている。空梅雨だったのが、思い出したように雨。数年前、いや、十年、いや二十年か三十年になるかもしれない。雨蛙がいない。カタツムリもいない。
 お爺さんは雨の止んだ庭を見ながら、ふと思い出した。物干し竿が竹から樹脂製になった頃からだろうか。雨蛙がよくそこに座っていた。
「雨蛙は雨の降る前に鳴くんだ」
 お爺さんが孫に話す。
「だから雨蛙なの」
「雨が好きなのかもしれん。うちの庭には池はない。近くに小川もない。水が無い場所に住んでおるので、雨は大事なんじゃ」
「水が無いと困るの」
「さあ、わしは雨蛙ではないので、よう分からん」
「雨がないときはどうするの。水不足でしょ、お爺さん」
「地下水があるんじゃろうなあ」
「どこに」
「庭の下じゃ」
「下に水があるの?」
「わしが子供の頃、この庭を少し掘った。池を作ろうとしてな。捕ってきた魚を飼おうとしていたんだ。それで、掘った。するとすぐに水が出て来た。二十センチか三十センチほどかな」
「井戸が出来るね」
「底に少しだけ溜まった。もっと掘ればよかったんじゃが、泥で濁っておるので、魚は無理じゃ」
「じゃ、蛙も雨が降らないときは、地下に入っているのかなあ」
「さあ、庭の雨蛙を追いかけたわけじゃないから、知らんがなあ。いつもは庭木の葉っぱにおったのう」
「まだいるの?」
「いないよ。わしも気にしたことがなかったけど、いない」
「でも、雨が降る前に鳴いているよ」
「それは、わしも聞いたが、鳥だったり、別の虫だったりする」
「雨蛙だよ」
「しかし、姿が見えん。もうしばらく見ておらん」
「今、探しては駄目」
「木の葉によくおった」
 孫は庭を探した。
「どうだった」
「いないよ。お爺さん」
「そうだろ」
 孫はその夜、夢を見た。当然青い雨蛙の夢だ。
 畳の上に座布団ほどの大きさの雨蛙が座っている。孫はその背に乗り、家の中をゆっくりと進んだ。しかし、雨蛙は歩くのがしんどいらしく、いきなり飛んだ。孫は天井に頭が当たりそうになった。
 その夢をお爺さんに話した。
「ハハハ、まるで童話だね」
「絵本みたいだったよ」
 その日の夕方、雨蛙が鳴いた。そして夕立が来た。
「やっぱりいるんだよ。お爺さん、雨蛙」
「そうじゃなあ」
 
   了
 
 

 


2014年7月8日

小説 川崎サイト