小説 川崎サイト

 

女学校の市民図書館

川崎ゆきお



「この人の怪談は分かりやすかったよ」
 自治会の集会所で、会長が語り出した。
「怪談ですか。それは懐かしい」
「そうだねえ。怪談なんて、もう減ったからねえ。しかし、世間話の中では結構出て来るんだ」
「若い人の怪談が多いですよ」
「そうなの」
「本当にあった怖い話とか。学校の怪談とか」
「私が聞いた怪談は実はその学校なんだ」
「何処の」
「そこの高校だ」
「近いですねえ」
「だから、高校の怪談なんだが、これが結構古い。だから、その事情を知っている者でないと、出てこないかもしれん」
「幽霊がですか」
「怪談話だよ。幽霊にもキャラがある。それには背景も必要だろ。古い話だと、最近の者は知らないはずだ。ところが、よそからこの町に越して来た年寄りが見たんだから、驚きだね」
「そこの高校に幽霊が出たのですか」
「その前の小径だ。それに接して家が建ってるだろ。建て売りの。そこに住んでる木下さんの話なんだ」
「要するによそから来た木下さんが高校前で幽霊を見たのですね。家のどん前ですねえ。小径を挟んで」
「そうそう」
「どんな幽霊なんですか。木下さんが見られたのは、あ、木下さん町内会に入られていないですねえ。誘わないと駄目ですよ。会長」
「ああ、それで行ったんだよ。ゴミの当番や、町内の掃除も手伝って貰いたいしね」
「それで、どんな幽霊だったのです」
「袴をはいた女学生」
「ああ、卒業式なんかで、見かけますが、大正時代の幽霊ですか」
「そこの私立高校、昔は女学校だったんだよ」
「ああ、それは聞いています」
「その時代から図書館があってねえ」
「ああ、ありましたねえ。あの木造の」
「あれは、君、市立図書館で、この市で始めて出来た図書館だ。それが女学校の敷地にあったんだ。普通の高校になってかも残っていたがね。だから、誰でも出入り出来たんだよ。高校の敷地内にね」
「はい」
「今はテニスコートになってるが、その横が例の小径だ。そして木下さんの家の前」
「すると、その女学生は」
「明治か大正時代の女学生だよ」
「それを木下さんが見られたと」
「その小径を歩いているところを窓から見たってね」
「何かのコスプレじゃないですか。高校生が」
「深夜だ」
「ああ、それはないですねえ」
「木下さんは女学校があったことも知らないのに昔の女学生を見ている」
「つまり木下さんは昔のことを聞いて、作ったのかなあ」
「だと思いますよ」
「偶然だと怖い」
「女学生の幽霊にする意味は、それだけでしょ」
「そうだねえ。だから分かりやすいと思ったんだ。聞けば、年寄りならすぐに分かる。今も碑が立っておるでしょ。女学校跡だとそれで分かるから、木下さんもそれに引っ掛けて、女学生の幽霊を出したのかもしれん」
「やはり作り話ですよね。木下さんの」
「幽霊が見たいんだろうねえ。あの木下さん」
「変人だと思われたいんじゃないですか。自治会に入りたくないから」
「それからねえ」
「まだあるのですか」
「次はまた別の幽霊を出してきたよ」
「どんな幽霊です」
「家の前に、木造の図書館が浮かび上がったって」
「それは、また」
「私はねえ、そういったよそから来た人の嘘で気付いたんだが、あの図書館よかったねえ」
「床がぎしぎしたわんでましたよ。あの図書館、僕が高校のときありましたよ。何回か行きましたよ。その後、市役所前に立派なのが建ちましたが、その前までは、あのボロ図書館でしたよ。雰囲気としてはよかったですけどね。夏なんて、蝉の声を聞きながら本が読めましたよ」
「市民図書館なんだけど、我が町内の図書館のように思えたねえ。今はテニスコートになってるねえ」
「しかし、女学校時代はもっと古いんでしょ」
「ああ、それこそ明治か大正時代の話だよ」
「それで、木下さんはやはり自治会に入らないと」
「面白い人なんだけどねえ。幽霊話を勝手に作るんだから」
「でもあのテニスコートのあったところに図書館があったこと、どうして知ったのでしょうねえ、石碑もないし」
「ああ」
 
   了




2014年7月12日

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